恋するガラテア 5

 ユーリ、と名前を呼ぶ声が固い。それも当然かと、ユーリは小さく息をついた。
 一生隠し通せるなんて思っていたわけじゃあない。フレンは鈍いところもあるけれど、こういったことには勘のはたらく男だ。放っておいてもいずれ気づかれると思っていた。だからこそ、ダングレストでの夜以来、フレンと顔を合わせるのが気まずかったわけで。
 それは結局、自分の女としての部分も多大に影響しているのだけれど。

「ここ最近、様子がおかしいとは思っていた」

 ほら気づいてた。そんなことを胸の中で呟く。
 ひとしきり声を荒げてから、フレンは静かにそう言った。顔を上げると、真っ直ぐにこっちを見ている。視線が強い。痛いほどに。ちらりと見たその両手が、震えるほどに握りしめられている。

「ヘリオードで会った時も、あまりこちらを見ようとしなかったし。ノードポリカの闘技場で会ったときなんか、露骨に僕を避けただろう」
「別に避けちゃいねえよ。あの時は本当に急いでた」
「それを抜きにしたって、あの時の君の反応は異常だった」

 それが何を指すのかはわかる。左手をつかんだフレンの手を力任せに振り払った。あの時のことが、フレンの中では異質なものとして残ってしまったのだ。やはり都合よくことは運んでくれないらしい。

「最初は僕が何かしてしまったかと思った。でも違ったんだな」
「……出世街道まっしぐらの騎士殿が、罪人の手に触ったっていいことねえだろ」
「ユーリ!」
「お前が言う通り、俺は人殺しの罪人だ。でも後悔はしてない。手前ぇで腹括ってやったことだからな」

 ユーリの決意はこのくらいでは揺らがない。揺らぐようではだめだと、ユーリは真っ直ぐにフレンを見つめる。フレンのやり方を否定する気はなく、むしろそうあればいいとユーリだって思っている。そして、フレンならばいつか成し遂げてくれるだろうとも。けれどそれは今すぐに成されることではなくて、でも苦しむ人たちは今苦しんでいる。ユーリには、そんな人たちを放っておくことなどできやしない。
 視線がぶつかる。それ以上互いに何も言わず、黙ったままで、祭りの喧噪と風の音だけを聞いている。ユーリは口の中で、これが俺のやり方なんだとつぶやいた。
 たとえそれで、二度と自分が愛する人の隣に立てなくなろうとも。

「これが俺の正義だ」

 言い切った途端、フレンの顔が歪んだ。
 選び取った道がいいか悪いかなんて関係ない。ギルドとして、外側から世界を変えるにしても、こぼれ落ちていく人はたくさんいる。ただその人たちを、救うなんて偉そうなものじゃない、ただ守ることができるなら。それはユーリにとって何物にも代えられない喜びだった。だからこそ、この正義は曲げない。誰が何と言おうと、フレンですら曲げることのできないもの。法を犯しながら、権力に守られてのうのうとしている連中を裁くこと。今苦しむ人を一人でも多く守ること。フレンにはできないことをすること。それはひとりの女の幸せよりも得難く尊いものに思えた。……いや、愛した男の影として生きられるなら、それはユーリという女にとっても幸せだろう。だからこそ、今罪を犯すことを厭わずに歩いている。
 もともと、伝えるつもりもなかった想いだ。フレンにはエステルもソディアもいる、ユーリがいなくたって、フレンは必ず幸せになれる。そう知っている。
 フレンが伸ばした手から逃れ、一歩下がる。一度動揺に見舞われた心は、二度同じ轍を踏むことはない。触れられたとて動揺もなく突き放すだろうし、そもそも捕らわれるような無様な真似はしないのだ。
 もう揺らがない。何があっても、ただこの道を歩くだけ。

マンタイク、キュモール暗殺後
ユーリは何があっても目的を見失わない強さをもってるとおもう
[2008.11.8 執筆/2008.11.23 加筆修正]

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