「それでも君は間違ってる」
見つめた先のユーリの瞳に光はない。差し込む月の光も際限なく飲み込み、ひたすら暗く沈んでいる。淡い紫はどこにもなく、深く冷たい黒がじっとフレンを見ていた。その強さと、そんな彼女にさえ女を感じる自分に負けそうになり、全力で見返す。
「それで例え救えたとしても、奪うことは許されない」
「なら、そいつは奪っていいのか」
「だめに決まってる。誰も、誰からも奪うことは許されることじゃない」
「じゃあなんで、帝国は連中を許してる」
ユーリの視線が突き刺さる。
「ラゴウを許して、キュモールも結局許してきただろ。許されねえことしてるヤツを、なんで許してんだ」
「許したりなんてしていない! ラゴウは秘密裏に調査を続けていたし、キュモールだって」
「それをここの連中に言えんのか?」
淡々とした声に、それ以上何も言えなくなった。自分が何かを口にするたび、それはすべておためごかしのように思えてならず、結局音にできずに口をつぐむ。
以前のフレンだったなら、きっとそれでもと言ったに違いない。すべては法の下に、その思いは変わらずとも、今のフレンは。
血がにじむほど、唇をかみしめる。今の自分は、揺るぎなく正しいだなんて言えない。
「……言えねえだろ。だってそりゃ、この先なんとかなるから今死ねっつーのと同じだぜ」
フレンの心境など知る由もないユーリの言葉に容赦はない。ただ、再び見つめたとき、見たこともない彼女の瞳の印象はもうどこにもなかった。罪に濡れても曇ることない、正義を貫く女神の瞳。それに後ろ暗い自分を貫かれると同時に、ひどく悲しくなった。ユーリ、君は、口の中でつぶやく。
――ソディアがやってきたのは、ちょうどそのタイミングだった。
「どうかしたのか、ソディア」
あえてユーリに背を向けたのは、もうその顔を見ているのがいたたまれなかったからかもしれない。彼女は罪人だ。それは絶対に許せない。法の正義を貫こうとするフレンを知っていて、なぜと思わずにいられない。それは事実だ。
けれどやっぱり、ユーリはユーリだとも思う。フレンがよく知る、誰にでも優しく、フレンのことも大切にしてくれていた、人一倍正義感が強いくせにヒネて表に出そうとしないユーリのままだった。それに比べて自分はどうだ。
「フレン様、ノードポリカへ戻るようにと指示が」
ソディアを迎え、その報告を受けていても、気はそぞろなままだ。彼女の声は耳に入らず、素通りするだけ。
「……フレン様?」
「え? ……ああ、すまない」
もう一度頼むと言うと、不審そうにしながらも、ソディアは再び同じことを繰り返した。ノードポリカで"魔狩りの剣"が見かけられた、急いで戻るようにとの指示。それまでのものも飲み込んで、気分が暗鬱に沈む。
フレンへの指示はアレクセイからのものだ。少し前、……それこそこのマンタイクヘ来る少し前から、彼の指示に少しばかりおかしなものを感じていた。いや、もしかしたらもっと前からかもしれないけれど、フレンは自分で気付いていなかった。誰もが平等に暮らせる世界をと掲げたアレクセイに、フレンは自分の理想を見ていた。アレクセイの部下としてでも、それが実現できるなら、それはどんなに素敵なことかと思っていた。なのに、ここ最近のアレクセイの目的が、よくわからなくなりはじめている。
なぜそれが人々のためになるのか。届けられる指示と任務をまっとうしながらも、フレンは納得できずにいる。ラゴウの罪が軽くなったこともそうだったし、キュモールを野放しにしていたこともそうだ。でも、それでもやはりアレクセイを疑えない自分がいる。自分では推し量れないようなところで、世界を変える手段をアレクセイがとろうとしているのだと信じている。
「……わかった、すぐに戻る準備を」
そう告げると、ソディアははいと歯切れよく答え、きびすを返して街のほうへと戻って行った。きっとフレンが考えていることなんて、想像だにしないだろう。職務に忠実な騎士であるソディアにすれば、騎士団トップであるアレクセイの言葉は絶対のはずだ。もし知ったら、どうしたのですかと心配するに違いない。
(もしこれがユーリだったら)
自ら背を向けた彼女のことを考える。
ユーリなら、きっと逆に疑問があるならぶつけてみろと言うのだろう。反骨精神の旺盛な彼女だ。たとえ憧れた男が相手でも、おかしいと思えば迷いなく疑い、己の正義に反するならばその刃を向けるはず。
彼女の強さと優しさが好きだった。どんなに隠されても本質を見失わない、あの真っ直ぐな瞳に憧れていた。どんなにつらいことがあっても、その笑顔と瞳の輝きがフレンを支えてきた。誰にでも強さと優しさを分け与える彼女が幼なじみで、本当に幸せだと思ってきた。それは今でも思っている。あんな衝動に襲われるようになってからも、彼女というひとはフレンの自慢の幼なじみだった。
けれど、今となってはその強さと優しさが憎らしい。あの本質を見抜く目も。結局のところ、彼女を罪人にしたのは、苦しむ人々を見捨てられない心のためなのだと、長い付き合いのフレンは誰よりもよくわかっている。死にゆく者を前にして、昏い瞳に光を飲みこんでいた彼女の顔は、無表情のくせにどこか悲しげだった。
「……ユーリ?」
振り向くと、そこにはもうユーリの姿はなかった。
誰もいなくなった暗闇に、ほのかに彼女の残り香が漂う。砂漠の乾いた風に混じるそれに、かすかな血のにおいがしたような気がして、頭を振った。流れてもいないもののにおいがするわけもない。
ただ、もしそのにおいがするとしたら、それはきっと心の傷が流したものだとフレンは思った。その主はユーリか、自分か、はたまたその両方か……それはわからないけれど、あながち最後が正解なんじゃないかと思った。
フレンも頭の中ぐちゃぐちゃ
[2008.11.25 執筆/2009.1.7 加筆修正]