それは強烈な違和感だった。
思わず眉をひそめそうになるのをこらえ(彼女に疑われてしまう)、フレンはユーリを呼び止める。振り向いた彼女はいらだちと困惑と、なぜだか悲哀みたいなものを白い顔に浮かべていた。それが諦めみたいに見えてしまうのは気のせいかもしれなかったけれど、ただそう見えてしまうこと自体が彼女をよくよく知る人間にとっては異常事態だ。ユーリは絶対に諦めない。そんなの、ユーリには絶対にありえないし似合わないのに!
「少し話がしたい」
そう呼び止めてからも、ユーリはどこか落ち着かない。あれほど真っ直ぐな彼女が目を合わせてくれず、合っても妙に力んだような顔になる。まるで泣き出しそうなのを我慢しているみたいだ、フレンはふとそんなことを考える。その瞳は、どこか影を帯びて揺れている。
いつだってリラックスした柔らかい笑みで見つめてくれる彼女。何をそんなに怖がっているんだろうか。
――そう思って、それもまたおかしいとフレンは気付いた。怖がる、なんて豪気で大胆なユーリとは縁遠いのに。自分の信念に真っ直ぐなユーリはいつだって自信に満ち溢れていて、そんな強い彼女にフレンは憧れたりもしたものだった。
(どうしてそんな顔をするんだ)
悲しみに歪んでさえ美しい顔を見つめて、フレンは胸の中でつぶやく。
決定的なものは、その直後にやってきた。
話はまた今度と、ユーリが駆け出そうとした。瞬間、このまま行かせてはいけない気がして、反射的に手が伸びる。肩にも腕にも届かなかった手は、かろうじてその左手をつかんだ。びくりと、ユーリの身体が震えて。
「っ!」
乾いた音とともに、気がつけばその手を振り払われていた。
一瞬、振り払われたともわからなくて、呆然とする。驚いている彼女を見て、次いで宙に浮かされた自分の手を見る。拒絶されたのだ、とはゆるゆると理解した。
彼女に拒絶されたのなんて初めてだった。優しい彼女はフレンと手を繋いだら、お前の手あったかいなと喜んでいた。ちゃんと謝りに行こうとフレンが無理やり引っ張ったって、ふてくされながらも振り払ったりしなかった。そんな彼女が、出会ってから始めて、フレンの手を拒絶した。自覚すれば、凄まじい痛みが胸を襲う。痛い。痛くて泣きそうだ。
そのときに見たユーリもまた、苦しそうな顔をしていた。なぜ君がそんな顔をするんだと言おうとして、でもかすれて声が出ない。代わりにまたあの衝動が首をもたげた。引き寄せ、逃げられないようにきつくきつく抱きしめて、泣かないでくれとその目元に口づけて、もう何も聞きたくないよとその唇と息とを奪えば、
(……何を考えてるんだ、僕は!)
手を伸ばしかけて、はっとする。今、自分が考えていたことに愕然となった。
言葉を失うフレンに構わず、ユーリはこちらに背を向ける。
「本当に悪いけど、お前につきあってる余裕はないんだよ。またにしてくれ」
「ユーリ!」
今度こそフレンの前から去っていくユーリを、我に返って呼んだ。けれど彼女はもう走る足を止めてはくれず、黒衣の背中も艶やかな髪も、あっという間に見えなくなった。呼んだときに再び伸ばした手はつかむものもなく、ぱたりと落ちる。結局、彼女の違和感の正体はわからぬままだ。
でも追えない。追えなかった。彼女を行かせてしまったら、二度と触れられないような気がしていたのに、あの拒絶は想像以上にフレンの心にダメージを与えて、痛めつけていた。……でも追えなかったのはそれだけじゃない。ただ純粋に、自分自身の浅ましさのせいでもある。
「……ユーリ」
先ほどまで彼女の手を握っていた右手を持ち上げる。握りしめて額に押し当て、思い出すのはダングレストの牢でのキス。
あの時といい今といい、なんでこんな衝動が湧き上がるのか、わからない。……わかりたくもない。その衝動が何と呼ばれるものなのか、それすらわからないほどフレンも幼くないし純粋でもなかった。でもそんなもの要らないのだ。フレンにとってユーリは大切な幼なじみ、それ以上でもそれ以下でもないはずなのだから。
"どんなに離れていても"。無邪気に、ずっと変わらず一緒にいられると信じていた頃の可愛らしい約束が脳裏を過ぎる。
「……心は離れることなく、なんてやっぱり難しいのか」
ソディアが呼びに来てさえ気付かず、フレンはそのまましばらく立ち尽くしていた。
相変わらず自己嫌悪フレンさん
[2008.11.25 執筆/2009.1.7 加筆修正]