階段を足早に上り、エントランスへ出ると、そこには誰もいなかった。ぼんやりとからくりが見えるような気もするけれど(それはユーリが地下へやってきたときから何となく考えていたことでもある)、それに頭を巡らす余裕もなく、フレンはユニオン本部を後にした。
今頃、あの地下牢にはユーリがひとりでいるのだろう。冷たい石造りの牢の中、冷たい格子に背を預けて。
先ほどのことをどう思っているのだろうか、と胸の奥でつぶやく。気にしていないか、約束のキスだと思っていてくれたらいい、……なんて、あまりに自分勝手にすぎるだろうか。
振り向いてユーリの顔を見た瞬間、言いようのない何かが自分を突き動かすのを感じた。それは今までユーリと一緒にいても感じたことのないもので、……いや、先日カプワ・ノールで再会し、カプワ・トリムで言葉を交わしたあの時以来か。あれ以来、彼女と会うとそんなものを感じるようになった。彼女を心配するのとはまた違う。まあどちらにしてもフレンの知らない感覚だった。
彼女がまだ下町にいた頃、それこそついこの間まで、こんな焦燥にも似た何かを感じたことはなかった。
ゆるくカーブを描いたユーリの唇。彼女の美貌は幼い頃から見慣れていて、いろんな表情だって見てきた。満面の笑みもよく見せる子ではあったけれど(なんせ大好きな甘いものをほおばったら瞬時に頬が緩む)、フレンの前でのユーリはいつだってあんな風に微笑う子だった。優しく、何もかも包み込んでしまうみたいに微笑う、あの顔が昔から好きだった。なのに、なぜだか見慣れたはずの微笑む口もとから目が離せず、――気づけば彼女の手を取って距離を詰め、口づけていた。
すぐさま離れたのは、途中で我に返ったからだ。それでもまだどこかぼうっとしていて、ユーリに呼ばれるまでうわの空でいた。
あれは約束のキスなんかじゃあなかった。フレンは無意識に手の甲で口元を押さえる。あの唇にキスがしたい、その衝動が抑えきれなくなった結果だ。もしもあそこで我に返らなかったらと思うとぞっとする。ただでさえ、まだ唇に残る柔らかな感触が、ひどくフレンの罪悪感を煽っていてどうしようもないというのに。
「すまない、ユーリ」
自分のことだというのに何が何だかわからないまま(というよりわかりたくなかっただけかもしれない)、フレンはただ自分の役目を果たすべく走り続けた。
自己嫌悪真っ最中
[2008.11.8 執筆/2009.1.7加筆修正]