恋するガラテア 3

 一度目は幼い頃に、二度目は騎士団を辞める時に。そして、三度目は。

 がきんと鈍いくせに高い音がした。一瞬気づかれやしないかと思ったけれど、騒ぎになるような気配はおろか、近づいてくる気配もない。本当に食えないじいさんだと苦笑する。
 剣の一閃でカギを壊された牢の扉がゆっくりと開いた。蝶番のきしむ音とともに、フレンが牢から出てくる。でかい鎧を身につけているわりに、ほとんど音をさせないのだから器用なものだと、……まあ今この時にとってどうでもいいことを考える。

「君が開けに来てくれると信じていたからね」

 さらりと言うフレンは、立ち止まらずに行き過ぎた。ユーリの方に目もくれず、まっすぐに、地上へとつながる階段へと視線を向けて歩いていく。そのしゃんと伸びた背中を目で追うと、数歩離れたところで唐突に止まった。

「……ユーリ」
「あ?」
「もし僕が戻らなかったその時は」

 肩越しに振り向いたフレンの目は、強く強く揺れることなく、……それでもどこか変に力の入ったような視線をこちらに向けてきた。
 これからフレンが言おうとしていることはなんとなく察しがついた。長い付き合い、考えてることなんて手に取るようにわかる。

「僕の代わりに死んでくれ」
「……ああ」

 予想通りのひとことに、ユーリはあっさりとうなずいて返した。それが当然であるとユーリは思っていたし、何より、フレンは必ず戻ってくると知っている。そんなこと誰にも言えやしないけれど(恥ずかしい!)、それは幼なじみとして親友としてともに生きてきた時間の長さがもたらす経験則だった。信じるなんて安っぽくない、純然たる事実として、ユーリの中にあるものだった。こればかりはフレンへの想いは関係ない。
 不意に、フレンが踵を返して戻ってきた。どうしたと聞いても、フレンは答えない。代わりに、小手に包まれた左手が、ユーリの右手首をとった。右手は左腕に添えられる。

「!」

 本当にただ触れるだけの。1秒にも満たない時間で、フレンの唇がユーリのそれに触れて離れた。驚きに目を見開くユーリが間近で見たフレンの瞳は、静かに蝋燭の光を弾いて、光っている。知らない目だ、と思いながら、得体の知れない美しさに魅入られて、目をそこから離せなくなっていた。エステルのこともソディアのことも頭から吹っ飛ぶほどに、衝撃が大きくて。

「フレン、」

 呼びかけた瞬間、フレンが瞬いた。何か違和感を感じかけた矢先に瞳の輝きがいつも通りのそれに戻り、視線がそらされて、違和感は正体を突き止める前に霧散する。結局そのまま手も離れていって、再びフレンはこちらに背を向けた。

「行ってくるよ」

 小さく短い言葉を残し、今度こそフレンは地下を出ていく。階段へと消えていく姿を見送り、ユーリはしばらくその場に棒立ちになっていた。
 フレンとのキス。……とはいえ別にそれで驚いたりはしない。実のところ、これが初めてではないし(初めてしたのはまだ10歳になるかならないかという頃で、やはり相手はフレンだった)、何よりユーリとフレンの間で交わされるキスは愛情を意味するものではない。
 まあ、ある種の愛情ではあるのだろう。離れてもどこにいても、大切に思う心まで離れることなく。そんな約束の証。どんなに離れていたって幼なじみで親友だ、そんな幼い子どもの約束を、なぜだか二人はキスに託した(この辺は、子どもの頃に見た近所の恋人同士が離れ離れでもいつでも一緒とか言ってキスしてた影響を受けたような気がするけれど、ちゃんとは覚えてない)。他がどう思うかは知らないけれど、少なくともユーリとフレンがキスを交わすのは親友だからこそだ。

「つか、このタイミングはねえだろうに。縁起悪いどころの話じゃねえ」

 美しい友愛にも見えるかもしれない。けれど一歩間違えば、フレンの去り際のセリフそのままだ。決して超えられない距離が阻もうと、ずっと永く親友で、なんて皮肉もいいところだろうに。
 けれど、本当にそれだけなのだろうかと思う自分もいた。

(なんであいつ、あんな顔したんだ)

 少しだけ、離れていく前のフレンを思い出す。ユーリが驚いたのはむしろそちらだ。
 呼びかけられ、瞬いて、視線をそらす。その時表情が浮かんだのはほんの一瞬のこと(それこそ唇が触れているよりも短い時間)だったけれど、その時のフレンの顔は明らかに驚いていた。どうして僕は、目がそんな風に言っていた気がする。

「……ま、いっか」

 考えこもうとして、やめた。
 どうせ考えたところで答えは出ないのだし(そんなのフレンに聞いてみるしかない!)、どのみちフレンはちゃんと帰ってくる。それでいいのだ。下手に考えて変な期待をするべきじゃない、とは形になる前に心の中で丸めて投げ捨てた。
 フレンが自身の役目を果たす間、自分も自分の役目を果たす。ユーリは思考を打ち切って、先ほどまでフレンのいた牢に入った。そして次に考えたのは、エステルたちはどうしてるかな、だった。

2008.11.8 恋するガラテア 3//ユーリとフレン
ダングレスト、ユニオン本部の牢屋
ちゅーしてるわりに色気も何もない
[2008.11.7 執筆/2008.11.23 加筆修正]

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