恋するガラテア 2.5

 思わず手をのばして彼女の髪を手にとっていた。
 子どもの頃から滑らかで美しい彼女の髪が大好きで、よくこうして触らせてもらったものだった。自分の身の回りのことには何ごとにも無頓着な彼女なのに(なんせ、大半の女性なら髪が傷むと言いそうな潮風を気に入って、散々その髪を遊ばせているくらいだ)、髪も肌も下手に手入れしているませた少女たちよりずっとずっと美しかった。触れても手触りを楽しむだけで、髪に口づけるなんてことはあまりしたこともないけれど、別にしたところでおかしくもなんともないだろう。ユーリは実際、そう思っているに違いない。ぼそりとキザなやつ、なんてつぶやかれた。
 口もとに近づけた髪からは、懐かしい彼女のにおいと、前にはしなかった花や草のにおい、そして今も辺りに漂う潮のにおいがした。そうだここは帝都じゃないんだと、ふと思う。自分で帝都じゃない場所の再会を喜んでおいて、すっかりその事実を忘れていた。彼女との変わりないやり取りが、いつの間にかフレンを下町に引き戻していたのだろう。

「ユーリもあちこち見てきたんだな」
「そりゃな。俺の追っかけてる魔核泥棒の手がかりはなかなかつかめねえし、エステルの追っかけてるお前はどこでもあちこちふらつくし」
「ふらついてるとは失礼だろう」

 僕は仕事だと少しばかりむっとすれば、ユーリが笑った。

「知ってるぜ? だけどそのおかげで俺たちはあっちこっち行くハメになったんだ」
「それは申し訳ないと思うけど。だからって」
「あー、はいはい。わかったわかった」

 手をひらひらさせて話を打ち切る。自分に都合が悪くなると(もしくは面倒くさくなると)やるユーリのクセだ。こんなところはどこまでもフレンの知るユーリなのに、

「……おい、フレン?」

 急に、胸がわしづかみされたように痛んだ。
 怪訝そうに見つめてくる彼女は澄んだ星明かりに照らされ、潮のにおいをさせている。帝都を出た彼女が、まあエステルの付き添いとしてとはいえ、自分を追いかけてきてくれたことは純粋に嬉しかった。けれど、自分の知らない彼女がいるというのが、何とも言えず淋しい。だって、こんな彼女は知らないのだ。いつだって彼女をつつむのは、乾いた街風とパンの焼けるあたたかいにおいだったのに。
 手に取ったままだったユーリの髪に視線を落とす。ほとんど衝動に突き動かされて、それに再び口づけ、自分の鼻先に押し付けた。香ったのは懐かしい彼女のにおいと、――フレンの知らない花と草と潮のにおいで、それがなんだか無性に苦しくてたまらなかった。

初めてユーリを遠く感じた
[2008.11.7 執筆/2009.1.7加筆修正]

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