休みが合ったのはたまたまで、とはいってももしかしたら天然皇族コンビとかの意図が知らないところで働いているのかもしれないけれど、とにかくユーリとフレンにとっては偶然一致した休みだった。それは二人の関係に晴れて恋人と世間様が呼ぶようなものが加わって(進んで公表するようなことはしていない。バラす必要はないし、騎士団長の女が新興ギルドのメンバーだなんてスキャンダルが持ち上がっても困る)、初めての休みでもある。
1日だけの休みをさあどう過ごそうかというところで、フレンが下町に挨拶に行きたいと言い出したため、ユーリは渋々ながら従うことにした。あれからフレンはもちろん、忙しくとも自由のきくユーリでさえ下町には立ち寄っていない。正直、ユーリはそのことを聞かれたら嫌だというのが無きにしも非ずというかもう絶対的に嫌だったからなのだけれど、フレンのあの王子様顔でにっこり笑って「報告しよう」なんて言われたら、もうどう転んだところで逃げ場がなかった。
そんなわけで、ユーリはザーフィアス城のフレンの部屋の前にいる。市民街で待ち合わせをと最初は言っていたのだけれど、たまたまエステルを送り届けるタイミングが重なったため、ついでにこっちを迎えに来た。フレンもユーリが城に来るのは知っているはずだ。
ドアノブに手をかけ、回そうとした瞬間。
「どわあ!?」
「うわっ!?」
自分から急に開いてきたドアに、思わず悲鳴(色気はない)を上げて飛び退る。どれに驚いたのか、部屋の中からも声が上がる。それに続いて顔を出したフレン(鎧姿ではなく、私服だ)を指差し、
「お前、フレンっ!」
「びっくりした……なんでそんなところに突っ立ってるんだ、ユーリ」
「そりゃこっちのセリフだろ、いきなり開けやがって!」
「君こそドアの前でぼーっと立ってたら危ないだろ」
「ぼーっとなんかしてるかよ、開けようとしたら急に開いたんだ!」
いきなり険悪な空気になりかかったのが、ふっとフレンのほうからたち消えた。怪訝な顔になるユーリも、つられてぎすぎすしたオーラを消してしまう。
フレンはぽかんとしてユーリの顔を見ていた。それこそ信じられないと言わんばかりに目を見開いて。
「ユーリ、その顔」
「は? ……ああ」
言われるまで忘れていたなあと、ユーリはいつものように頭をかこうとして、すんでのところでフレンの手に止められる。それでああこっちも忘れていたとため息をついた。
たまたまジュディスと一緒に行動していたユーリは、ハルルからエステルとともにバウルに送ってもらったのだけれど。案の定、フレンの休みのことを知っていたエステルが、
「デートですか!?」
バウルに乗るなり、目をきらめかせた。そして瞬時にすべてを察したジュディスが、
「じゃあ少しくらいおしゃれしないとダメね」
要らんことを言い出した。エステルも盛大に乗っかり、どこからともなくリボン(エステルの服には合わない黒)を引っ張り出してくるわ、ジュディスがメイク道具をいつの間にやら持っているわで、ユーリはすっかり逃げられなくなってしまったのだ。もともとバウル乗船中である。
それで長い髪はいじられて結い上げられ、本当に薄く化粧までされて、城へと放り出され、今に至る。
「あー、まあなんつうかエステルの暴走っていうかジュディの魔手っていうか」
「……なるほどね」
ユーリの言い方にすべてを察して、フレンが苦笑する。そして横の一部だけ降りたままの髪をすくって、そっと口づけた。
「おいこらフレン、こんなとこで恥ずかしいマネすんな」
「誰もいないよ。……ユーリ」
「んだよ」
「似合ってる」
さらりと言い放ったそれが本当に王子様のようで、でもそんなフレンに慣れているユーリには照れる理由がない。恥ずかしがることもなく、すぱんと容赦なくその後ろ頭をひっぱたいた。
下町についた瞬間、ちょうど通りがかったらしいテッドが真っ先にタックルの勢いで飛びついてきた。
ユーリは見た目こそ華奢な女性であるけれど、並みの騎士が十数人束になったところでかなわない実力者だ。多少体格が大きくなってきているとはいえ、少年の一人くらい、楽に受け止めて立っていられる。
「よーう、テッド。ただいま」
「お帰り、ユーリ、フレン!」
「ただいま、テッド。元気そうだね」
「もちろんだよ!」
フレンに頭を撫でられ、嬉しそうなテッドがひょいとユーリから離れる。そのテッドがきょときょとと二人を見比べて、心底面白そうに笑う。大人二人は頭の上に疑問符を浮かべるばかり。
「ユーリもフレンも水くさいよね」
「は?」
「いつの間に結婚したのさー」
下町の子どもは、ユーリとフレンがまあそうであったように、基本早熟。この手のネタは日常茶飯事だ。特に、始終一緒に行動していて、年長で、揃いも揃って美男美女のユーリとフレンの仲は、年下の子どもたちのちょうどいいからかいのネタになる。下町に二人揃っていた頃は、しょっちゅういつ結婚するのーなんて言われたりしたものだったけれど。
が、今いきなりこんな話に飛躍する理由がわからない二人はあっけにとられるより他にない。
「お前、なんでいきなりそーいう話になるんだよ」
「僕とユーリ、どこか変かい?」
「だってユーリがおしゃれしてるし、二人で一緒に下町来るし、これはいよいよ結婚報告かなーって」
「邪推しすぎだよ、バカ」
ぺしりとその頭をたたくと、へへ、とテッドが笑う。
「でも、半分くらいはそうだったらいいなーって希望だったんだから、許してよ」
「……なんで俺らの仲をお前に心配されなきゃなんないんだ」
「この間まで盛大にケンカしてたじゃん。ユーリなんか結構落ち込んでたし」
「そうなのか、ユーリ?」
「なんでお前まで一緒になって訊くんだよ」
きょとんとする(でもどこか嬉しそうなのは絶対に気のせいなんかじゃあないはず)フレンをじっとりと見てやった。フレンはいいじゃないかとかのんびりと笑っている。
けれどそんなやり取りですら、テッドにはおもしろく映るようで、
「やっぱり結婚報告にしか見えない―」
それか初デートって感じかな。
満面の笑みではっきりとそう言われてしまった。初デートは図星だから余計に痛い。
「なんじゃ、お前ら結婚したのか」
家を留守にしていたハンクスを捜して歩き、やっと"箒星"で見つけた瞬間、テッドと同じことを言われて、ユーリは全力でため息をついた。向こうではおかみさんが大笑いしている。まったく、挨拶代わりにこれでは、脱力もするというものだ。ただでさえ、テッドと別れてからここへ着くまでのその道中、散々結婚したのかと言われまくってきたのだし。完全に疲れきっているユーリに代わり、フレンが苦笑しながら違うと言った。
「結婚なんてしてないよ。……付き合ってはいるけど」
ほう、とハンクスが目を丸くして、それからにやりと笑う。
「お前らにもようやく春が来たか。そりゃめでたい」
「あーもーあんがとよー、じいさん。嬉しすぎて涙も出ねえ」
どすんと近くのイスに腰を下ろして、出てくるのはやっぱりため息ばかりだ。
フレンの包み隠さないストレートな表現は照れくさいばかりで、皮肉屋のユーリは正直困る。性格の根本的なところの問題だから、愛情でカバーも難しい(そういう真っ直ぐなフレンを好きになったのだけど、ドストレートに人前で愛をささやきかねないのは目下の懸案事項だ)。ましてや自分との仲を、幼い頃から二人を知る下町の人間にすぱりと言われてしまっては、恥ずかしいにもほどがある。
「ったく、みんなして邪推ばっかしやがって」
「それだけお前たちのことをみな心配しておったんじゃ、大目に見てやれ。なあ?」
「そうだねえ。あんたたち、ユーリが騎士団辞めて帰ってきた頃からどっかぎくしゃくしてたからね」
離れちゃうんじゃないかって思ったんだろ、とおかみさんが笑う。その視線がユーリとフレンを何度か比べるように行き来する。
「せっかく似合いなのに、もったいないしねえ」
「それに、こんなじゃじゃ馬の貰い手なんぞ、フレンくらいしかおらんだろうと思っとったからな」
「言ったな、こんのくそじじいめ」
「事実じゃろうが、いたずらしかせんかったじゃじゃ馬娘が」
ばしりと視線が火花を散らす。
にらみ合ったまま動かなくなってしまったユーリとハンクスに、おかみさんがその辺にしときなよと声をかけた。
「ケンカもいいけどね。フレンが困ってるよ」
「お? ……おおすまんかったな、フレン」
「いや。僕もハンクスさんの意見には賛成だし」
「テメェ裏切んのか!」
「じゃあ君は、誰かのお嫁さんになっておとなしくしていられるのか?」
う、とそれには言葉が詰まる。
正直、家に入っておとなしくなんて柄ではないし、何より決して素直でないユーリを真っ向から愛情で包み込める人間などそういないだろうと自分でだってわかっている。フレンといいハンクスといいおかみさんといい、幼い頃からユーリの周りには懐の広い、できた人間が多かった。ラピードという相棒だって、落ち着きも理解もある性格の持ち主だ。大人になってからも、エステリーゼやらカロルやらリタやらジュディスやらレイヴンやらと、一癖も二癖もあるけれどしっかりした仲間たちに恵まれた。レイヴンは紆余曲折の上での今なのだろうけれど、そこへ至ったのももともとの気質の問題だろうとユーリは思っている。
「まあまあ、二人ともユーリをいじめるのもそのくらいにして。ほらユーリもそんなにらむんじゃないよ。ハンクスさん、喜んでるんだから」
「……おかみ、それを本人の前で言うか」
本当のことじゃないのと明るく笑うおかみさんから、ユーリはハンクスへと視線を移した。むすっとしてしまったハンクスの目がちらりとこちらを見て、それから深く深くため息をつく。
「いくらじゃじゃ馬のおてんばでもな、娘らしく恋のひとつもしている姿を見れば、叶って幸せになればいいと思うに決まっとるじゃろうが」
一瞬、頭をぶん殴られたような気がした。
「……じいさん、まさか」
「知っとったぞ。お前が子どもの頃から、フレンに気があったことくらい」
「なっ!?」
驚きの声は二人で見事にハモった。それにまたびっくりして、思わずフレンを見た。あちらもまたユーリを見たせいで、まともに視線がぶつかる。目を見開いたフレンの顔をおもしろがる余裕もない。そもそもユーリだって似たり寄ったりな顔をしているはずだ。
「お前たちをずっと見とったもんにはわかる」
ハンクスの目が少しばかり優しくなる。
「ユーリがずっと黙っとったことも、フレンが自分のことにさえ気づかずにいたこともな」
「ハンクスさん、僕のことも?」
「ああ、知っとった。……いちいち話したりせんかったが、気づいてたやつは多いはずじゃ。お前たちが一緒に遊んどったやつらにも、子どもの頃は知らんでも、大きくなってから気づいたやつが大勢いる」
つまりは知らんやつの方が少ないということじゃな。
にやりと笑ったハンクスとは対照的に、ユーリの機嫌は下降線をたどるばかりだ。隠していたはずのものが盛大にバレていた(本人以外に!)なんて、恥ずかしい以外のなにものでもないじゃあないか!
これ以上、街を歩いて知り合いに会いたくないと2階の部屋に入ると、フレンも当たり前のようについてきた(ていうかもうむしろユーリがダッシュする勢いで移動したからそれを追いかけてきたっていうほうが正しい)。
ベッドにぼすんとダイブすると、遅れて入ってきたフレンに汚いだろと言って足を叩かれる。ブーツを脱げと言っていることくらいわかる、わかるけれどめんどうくさい。大人二人の体重を受け止め、ベッドがきしむ。ぐるりと仰向けになると、フレンがベッドに腰かけていた。
「ユーリ?」
ため息まじりにもユーリの足をとってブーツを引っこ抜いてくれたフレンが、その手をのばして今度は髪に触れる。
「せっかくきれいに結ってもらったのに、崩れるよ?」
「あーもうほっといてくれ。結婚だのなんだのからかわれるわ、実は知ってて見守られてましたとか恥ずかしすぎる。もーやだ。絶対やだ」
なんでフレンがこんなに飄々としてられるんだかわからない。
疲れきった気分で、大きなため息を長く長く吐き出すと、フレンは苦笑したらしかった。それから、ベッドがまたきしむ。仰向けのままのユーリの上に影が落ちた。
「なんだよ、昼間っから盛る気か」
「盛ってもいいなら盛るけど?」
「理性的に盛るなんてお前どういう生きモンだ」
「ユーリだってよく知ってるだろ」
そっと頬に触れてきた手を払いのけ、退けとにらむと、あっさりとフレンが退く。ユーリが上体を起こすと、少し残念そうな顔をされた。わりと近くにある空色が変な位置を見つめている。少しだけ上というか後ろというか。
「やっぱりちょっと崩れてる」
指先でユーリの後髪に触れてくる。言葉の中身に呆れて、ユーリはあほかと言いそうになった。
「形あるものなんだからいつか崩れるのは当たり前だろ」
「せっかく似合っててきれいなのに」
そう言ったフレンが、くすりと笑う。
「そうそう、きれいと言えば……みんなが結婚結婚てからかった理由」
「あ?」
「ちょっとだけ聞いたんだ。なんでみんなが揃えたみたいに同じこと言ったのか」
「ふーん? で、なんだって」
「君がすごくきれいになってたから、からかわずにはいられなかったって」
思わず目が点になった。……たぶん。
「……なんだそれ」
「僕と二人で里帰り、おまけに君はもともとの美しさに磨きがかかってる。だから、これはもしかしてって思ったらしいよ」
「あいつらの頭の中にも呆れるけど、ちょいちょい出るお前のその歯の浮きそうなセリフにも盛大に呆れるぜ俺は」
「僕は事実を言ったつもりだけど」
フレンの手が優しく、ベッドの上についたユーリの左手を包む。昔からこんな風に触れてくる、今はもう大きくなった手が実はすごく好きだ。一時はもう二度と触れられないと思ったそれが、ユーリの剣士としては華奢な手(どこからどう見ても剣士の手には見えないとよく言われる。不本意だけれど!)を包んで、取り上げる。
「で、僕は少し思ったんだけど」
「何を」
「みんなの期待を現実にするのもいいよなって」
「は?」
フレンが妙に恭しい手つきでユーリの手をその口もとへ持っていき、そっとその薬指の付け根に口づけた。くすぐったいぐらいのキスに、ユーリは眉を寄せる。これはまさか。まさかと思うけれど。
「いつかここに、」
「ちょっ、待てフレンそれは」
「指輪を贈ったら嵌めてほしいんだけど」
もう案の定っていうかなんていうか。
今すぐにとは言わないよとフレンは明るい笑顔で言って、もう一度薬指に口づけを寄こした。
「形式とか書類上とか堅苦しいことはどうでもいいんだ。ただ君は僕の大切な人なんだってことを見えるようにしておきたいだけだから」
「……付き合いだしたばっかでいきなりプロポーズすんのかお前。しかもギルドの女に」
「気づくより先にいろいろ乗り越えてきちゃったからな、僕らは。それに今これからなら、騎士団とギルドが結びつくのは悪いことじゃあない」
「騎士団長が書類上とかどうでもいいとか言うし」
「書類になんて書いてあろうと、君が僕の大切な人であることには変わりないだろ?」
ぎゅっと強く、それでいて優しく抱きしめられて、心臓が少しはねた。困ったことに、ユーリは嬉しそうなこの腕が振り払えない。愛する男の腕の中、そんな幸せを素直に感じてしまう程度にはユーリだって女なのだ。
フレンの体のあたたかさにほだされたわけじゃあないけれど、ユーリはしかたねえなあと微笑った。
「言っとくけど、仕事優先だからな」
「知ってるよ」
仕事より愛情をとるユーリなんてユーリじゃないよとフレンが耳元でつぶやく。ぎゅうっとその腕にもっと強く力がこもった。あたたかいのを通り越して暑いくらい、熱が伝わってくる。それと一緒に、フレンのまとう、大人になっても変わらない太陽のにおいが鼻をくすぐった。幸せで幸せで、こんなに幸せでいいのかなあなんて、少しばかり不安にもなる。
後悔はしていなくても、ユーリはそういう生き方をしてきた。だからこその不安もある、普通に人として抱く不安もある。だから、いいのかなあとやっぱり思う。でも生きている間はこの幸せを思いっきりかみしめてやろうとも思うのだ。ツケならいくらでも後で払ってやる。
くるしい、と横っぱらをつねってやりながらも、ユーリは心の底から笑っていた。
蛇足的な下町話
すさまじく真っ直ぐすぎフレンさんとすさまじく恥ずかしいユーリさん
これにて今度こそ終了!
[2008.12.31 執筆/2009.1.7 加筆修正]