逃げようと走り出した矢先に、レノはまたすぐ足を止めた。その隣に、ルードも。イリーナだけは少し先へ進んでから、遅れて止まった。先輩コンビがついてこないのにやっと気付いたらしい。
それを見たクラウドをはじめとする一行は、何をたくらんでいるのかと身構える。敗走したと見せかけて、何をするつもりなのか。……少し後ろではエアリスが観念して大人しく殴られなさいと言わんばかりに愛用のロッドを握りしめた。いざとなれば、彼女を真っ先に止めないといけないかと思う。
「そういや、忘れてたぞ、と」
レノが肩越しにこっちを見た。プレート内部はひたすら暗い。普通に進むのが困難なほどではないけれど、光源は明るいグリーンのフットライトだけだ。それがぼんやりとレノを照らしている。おかしな風に影の浮いたせいで、表情ははっきりと見て取れなかったけれど、にんまりといたずらを楽しむ子どもみたいな顔をしているであろうことは簡単に推測できた。声音で。
普段から己の美学を貫き通し、ひたすらビジネスライクなレノには珍しいと思いながら、クラウドはレノの次の言葉を待つ。
「ツォンさんから伝言だぞ、と」
「ツォンから?」
エアリスが少しばかり嬉しいのと懐かしいのを混ぜたような、複雑な顔をした。レノがけらりと笑って、別に今さらおねえちゃんを連れて行くとかそういう話じゃない、と言った。
「まあ、そりゃ伝言の相手におねえちゃんも入ってるけどな、と」
「わたしも、って」
「クラウド、お前に伝言だぞ、と」
思わず眉がはねる。エアリスはわかるけれど、それほど接点のない自分に、一体何の用なのか。敵対して、そう何度も会ったわけじゃあない。取り戻した古い記憶の中に、わずかばかりツォンの姿もあったけれど、何度か仕事で一緒になったことがある、程度のものだ。伝言されるような知り合いだった覚えはない。
怪訝そうな表情が見えたのか、レノが楽しそうに口元を歪めた。そんなクラウドの疑問に答えるつもりなどさらさらないのだろう。
「別にお前がどうこうってわけでもないぞ、と。……1回しか言わないから、ちゃんと聞いとけよ、と」
レノはますますおもしろそうに口元を歪めながら、でもどこか少しだけ、違う種類の笑み――例えるならとても幸せな何かを見つめているときのような、そんな淡いものを混ぜた顔をして、言った。
「”ザックス=フェアは生きている”」
その一言が紡がれた瞬間、クラウドとエアリスの身体が、闇の中でもはっきりとわかるほどに強張った。その名前はクラウドにとってもエアリスにとっても特別で、大切だ。もう失われてしまったはずの、あの明るく快活な太陽の化身みたいな魂の名前。クラウドを守り、エアリスの世界を少しばかり塗り替えた人の。
「”クラウドがすべてを思い出したと聞いた。ならばその生存を明かしても問題ないだろうと判断した”」
レノの声が、狭いプレートの内側に反響しては消えていく。
「”ただし、いまだ意識は戻っていない。眠っているだけだが、一度くらい見舞いに行ってやってくれ”……以上だぞ、と」
伝言が終わっても、クラウドとエアリスはその場から動けずにいた。嬉しくないんじゃあない。……いや、もうそれが嬉しいのかさえわからない。伝えられた事実の衝撃はあまりに大きい。他の仲間たちが心配そうに声をかけてくれても、それに反応することさえままならないほどに。
もうずっとずっと、死んでしまったと思っていたのだ。クラウドは自分を取り戻した瞬間に、あの日のこともすべて思い出していたし(すべてがごちゃごちゃでめちゃくちゃな中でも、クラウドの意識はきちんと現実を把握していたらしい)、エアリスはそのクラウドからあの日の事を聞いていた。だからもう彼はいないひと、になっていた、はず、だった。
なのに。
「レノってば、タチの悪い冗談」
エアリスがぎこちなく微笑んだ。いつだって強く明るい彼女も(思えば彼女のその性格にも、ずいぶんとザックスが影響しているのだろう。彼によく似たところがある)、さすがに動揺を隠せない。
その彼女を見つめて、レノが肩をすくめた。
「これっぽっちも冗談じゃないぞ、と」
「すべて事実だ」
黙っていたルードが、フォローに口を開く。
「ザックスは生きている。虫の息だったところを俺たちが助けた。間違いない」
息を飲んだのはクラウドか、はたまたエアリスか。虫の息という言葉が妙にリアルで、もう茶化すことさえできない。
――彼は、生きて、この世界にいる。
遠くから、先輩早くとイリーナが叫んでいた。レノが手を上げてそれに応える。
「確かに伝えたぞ、と」
さっさと立ち去ろうとするレノとルードに、クラウドが声をかけた。やっとの思いでひねり出した声は、ひどく強張ってかすれている。
「なんで、お前たちがザックスを助けた?」
レノとルードが肩越しに投げて寄こした視線が、一瞬クラウドに向けられる。逸らされてから少し間を置いて、レノがつぶやいた。
「俺たちは神羅のサラリーマンだぞ、と。上の命令には絶対服従」
「……だが、まったく心がないわけでもない」
「リーマンだって、ダチを助けたいと思ったりもするさ、と。……特に真面目でうちの上司みたいな人間ならなおさらだな、と」
それだけ言い残し、今度こそスーツ姿は通路の向こうへ消えていく。黒いスーツは暗闇に溶けてすぐ見えなくなり、わずかに揺れていた赤(多分レノの髪)も物陰にでもなったかして消えた。
残された一行は、ただその場に立ち尽くしていた。正確には、クラウドとエアリスが。他のメンバーは、少しはなれて二人を見守っている。
「いきてる、って」
エアリスがぽつりと言った。
「……ああ」
「ザックス。ちゃんと、いきてる」
タークスの言葉を信じるならば、だけれど。でも、今さらクラウドたちをはめようとはすまい。大して意味もないことだ。これだけ神羅ががたがたになって、それ以前に世界がどうにかなってしまいそうな今の時勢では。
ずっと強張っていたクラウドの頬が、少しだけ緩んだ。
「……全部終わったら、会いに行こうか」
嬉しさのあまりにこぼれた涙を拭いながら、エアリスがうなずいた。いつもよりもずっと優しい笑顔で。
“とんでもないどんでん返しだけど、こういうことなら大歓迎!”
パラレルなので、終盤プレート内部のシーンなのにエアリスがいるし、ザックスも生きている
[2008.1.31]