「今日の俺って世界で一番不幸だと思う」
つぶやいたら、少し離れたところからそうだなとこもった声が答えた。ちらりと見ると、声の主であるところのクラウドは指先で鼻をつまんでいる。親友だけどくそったれ!
「お前なー、親友にそんな態度とるのかー」
「それはそれ、これはこれ」
にじり寄ったら、その分ずりずりと倍の距離を逃げられた。嫌がらせも兼ねて追いかけようとしたら、クラウドの手(空いているほう)がゴミ箱にかかったので、おとなしく身を引く。今も身体にアレなにおいが染み付いてしまっているけれど、さらにゴミくさくなるのはごめんだ。……つうかもうこの境遇にも不幸な感じがばっちり出ていて嫌だ。嫌すぎる。
今日のザックスは、本当についていない。朝目が覚めた瞬間に足がつって、アパートの外へ出ようとしたら上から植木鉢が落ちてきた(あまりに古典的すぎて、「ベタすぎ!」とずれたツッコミをしてしまったのはまあいい)。その後も妙にお怒りな犬に追いかけられて尻をかじられるわ、その拍子にバランス崩して噴水にダイブするハメになるわ、すれ違った車が盛大に跳ね上げたオイルまみれの水を頭からかぶらされるわ。終いには変なとこにたまっていた泥(オイル入り)の中へ転んで沈んでしまって、事務所兼自宅なアパートに帰りついたときには頭からつま先まで大変汚い感じの灰色に塗りつぶされていた。事務所から出ずに留守番していた(雑誌読みながらコーヒー飲んでのんびりしていた。こにゃろう!)クラウドに入室拒否されたのは、まあ言うまでもない。
とりあえずアパートの外で水をぶっかけられ(それも悲しいほど愛のない、少し離れたところからバケツの水をぶちまけるというやり方で行われた)、落ちない泥をタオルで拭わされ、やっと入ってもいいと許可が出た。それでもそのままリビングには入るなとバスルームに蹴りこまれて、全身洗うまで出てくるなと命じられたのだけれど。泡立てた石鹸でこすってこすってびりびり痛くなるくらいこすりまくって、おかげで、新品の石鹸がもうすでに半分になっている。
「何でちゃんと風呂入ったのに鼻つまんでんだよお前」
「……ザックスはもう鼻がバカになってるだろうけど」
まるでかわいそうなものを見るかのように、クラウドはため息混じりにつぶやいた。
「まだ臭う。どんだけやばい泥に突っ込んだんだよ」
思わず腕のにおいを嗅ぐ。……におわないと思うのだが。それを口にする前に、クラウドはだから鼻がバカになってるんだろと言った。
「そりゃ、帰ってきたときほどじゃないけど」
でもくさいんだよと言いかけたところで、玄関のベルが鳴った。クラウドが席を立つ。蝶番の軋む音と一緒に聞こえたのは、やわらかな女の声。エアリスだ。
「ザックス、いる?」
「いるけど……」
ぱたぱたと近づいてくる足音が、リビングの手前で止まる。
「ザーック……うっ」
笑顔いっぱいのエアリスが小さくうめき声を上げたのが、ザックスの耳にきっちりと届いた。笑顔が凍りついたままザックスに向けられている。ああやっぱ俺の鼻がバカになってるだけだったのねと今さらながら再認識。エアリスは本当に一歩だけ踏み込んで、ひくりと頬を引きつらせ、笑顔ながら眉間にしわをちょっぴり寄せた。におい、それほどきついんですかエアリスさん、と聞きたい衝動に駆られたけれど、そこはぐっと我慢する。聞いたら最後、傷つきそうだ。自分が。
「……よー、エアリスー」
片手を挙げて挨拶をすると、エアリスがにこやかに手をひらひらさせて、くるりとUターンした。そのままたたずむクラウドの隣をすり抜けて、華奢な背中が見えなくなる。彼女を追いかけていったクラウドが、程なくして戻ってきた。隣にエアリスの姿はない。
「クラウド、」
「エアリスなら出かけた」
「どこへ?」
「近所の雑貨屋」
思わず怪訝な顔をすると、クラウドは軽く肩をすくめた。
「部屋の消臭剤と消臭スプレー、買って来るとさ」
あの勢いならお前にもかけかねないなとつぶやくクラウドを放って、ザックスは再びバスルームに駆け込んだ。クラウドが再び肩をすくめたのなんて見ちゃいない。クラウドが鼻つまんでようと、部屋が多少臭おうとザックスはかまやしない(十中八九クラウドには怒られるが)。でもエアリスに嫌な思いをさせるのは嫌だ。ひたすら石鹸を泡立てながら、ザックスは真剣に考えていた。
“本当に散々な一日だけど、エアリスに嫌われるのだけは勘弁だ!”
ザックスがなんだかアホの(もといかわいそうな)子になっている
[2008.1.28]