002. ああ、懐かしんでもいけないの

 忘れられるはずがない。彼は生まれて初めて、エアリスが好きになったひとだ。他の誰へとも違う”好き”を、初めて抱いた相手。好きじゃなかった”ソルジャー”でも、瞳が妖しさすら感じる蒼い色をしていても、それでもとにかく好きだった。あの明るくて真っ直ぐで優しくて――ほんの少しだけ寂しげな、彼の笑顔が何もかもかき消してくれたと思う。だからこそエアリスは彼のことを好きになった。
 それは今もまだ続いている。何度出しても返事のない手紙、いつまでも帰ってこない彼。それでもエアリスは彼のことを好きでいる。それはエアリスにとっての痛みであり、幸せでもあった。正直、手紙はアテにしていなかったし(ツォンを信じる信じないというより、神羅という組織のことだからどうせという気持ちが強かった)、帰ってこないのだって、ザックスが他の女の子と仲良くなっていて、もうエアリスのことなんてすっかりさっぱり忘れてしまってるかもしれなかった。だからエアリスは、エアリスがザックスのあの笑顔を思い出してほんのりと心の暖かくなるのを感じて、そうして懐かしさと幸せを少しばかり味わえれば、それでよかった。ずいぶんと独りよがりだなとは自分でも思うけれど、彼に会えない今はそうするしかない。

(それなのに、ねぇ)

 胸の奥でひとりごちる。そして、静かに優しく目をつぶり、彼のあの大好きな笑顔を、魔晄ですら冒せない優しい瞳を、思い出そうとする。そうすれば、無骨で大きなあの手の感触も、抱きついた時のあの暖かさも、元気いっぱいの声も、すべてが心の中に蘇ってくる。
 でも、どうやっても、一番思い出したい笑顔だけは思い出せなかった。笑顔を思い出そうとすればするほど、ザックスの表情も姿も輪郭を失ったみたいに歪んで遠ざかる。代わりに、その周りで光る世界だけが強く色を増していく。優しく暖かく、とても心地のいい色に。
 なんて皮肉だろう! エアリスは涙すら流せない。忘れられないあのひとの、その姿はどんどんとエアリスの中から失われていく。黒い髪とか蒼い目とか、あったかい手とか、意外と音を立てない足とか、いつも着ていたソルジャーの制服とか。そんなものがばらばらとエアリスの中に散らばって、ひとつの姿を成してくれない。かみあうカギの部分をなくしたジグソーパズルのようだ、とは少しばかり物語チックにすぎるだろうか。でもウソじゃあない。

(あいたい、な)

 どうかどうかと、エアリスは祈る。神様なんて信じないけれど、でも、もしエアリスの願いをかなえてくれるような奇特なひとがいるのなら、彼を無事に帰してほしい。そして一度だけ、会わせてほしい。彼の笑顔も姿も何もかもを、もう二度と忘れないように心の中に刻み込むから。
 祈りながら、もう一度彼の姿を心の中に描こうとした。けれどやっぱり、ばらばらのピースは組み合わさることなく再び散らばっていく。右目が熱くなって、何かがこぼれた。

ああ、懐かしんでもいけないの? 彼のこと、好きなだけなのに”
想い出とかは消えないのに、そのひとの姿形は真っ先に消えていく――そんな悲しさ
[2008.1.28]

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