※ちゅーとかしてます。多少露骨な発言もあります。ご注意ー

 満開に咲き誇るハルルの象徴は、大量の花びらを雨のように降らせる。少し離れて眺めていたってあまりの光景に息を呑むのに、近づけばそれはもう他を圧倒するくらいにきれいだった。
 今年初めて開かれた祭りのため、いつもならば誰かしらの姿がある木の周辺には誰もいない。祭りの中心は街の広場、みんな飲んで騒いで楽しんでいるから、きっともう少し疲れたりでもしなければ、この辺りに人は増えないのだろう。なんせまだ始まったばかりなのだから。
 だのにフレンがここにいるのは、相も変わらずマイペースな幼なじみを捜しているからだ。彼は祭りになじむよう衣装(着物と呼ばれるもの。あまりお目にかかったことはなかったけれど)を着付けられたら、適当にぶらついてくるとかなんとか言って、ふらりと姿を消してしまったらしい。ハルル在住のエステリーゼに合わせて、久々に全員揃ったという、ともに旅をした仲間たちなのだというのに。でも誰もユーリのことなど気にしていなくて(要は自分たちが楽しみたいのだ。エステリーゼは少し淋しそうだったけれど)、尋ねたフレンにはまあその辺にいるんじゃないのと適当な返事が返して寄こしたくらいなのだから、最初から全員揃ってまともに行動できるなんて思っていないのだろう。旅の途中もそうだったと、ちらりと聞いた覚えがある。
 まあとにかくどうせだから一杯くらい彼と酒でも飲もうと、彼を捜していたフレンにとっては、拍子抜けというかすごく残念だった。けれど諦めるよりは捜して、そのついでに祭りも楽しんだ方が絶対いい。だからと家を出ようとしたら、エステリーゼがにっこり笑った。あんまりいい予感のしない笑顔で。
 せっかくだからあなたもと、笑顔のエステリーゼに押し切られて、結局歩くフレンは濃い紺の着物を着ている。おかげさまで祭りの中にあっても浮かずに済んでいるけれど、少しばかり歩きにくい。
 花びらの雨の中、歩きにくい足元を多少気にしながらも、散歩がてらに歩き続けて、フレンはやっと捜していた姿を見つけた。黒髪をゆるやかに結い上げた(ジュディスの力作)後姿が、ハルルの木の前に座っている。男にしては華奢な体にまとう衣装(着物がエステリーゼの選択、帯がリタの選択)は、撫子にも似た鮮やかにも淡い色。それが黒髪と白い肌に映えて、よく似合う。いつも黒しか着ない上に髪だって下ろしたままだから、これはまた何とも印象が違う。

「隣座るよ」
「酒はやんねえぞ」

 聞きながらさっさと隣に腰を下ろすと、振り向くなりユーリがべっと舌を出した。しぐさといいもの言いといい、子どもと同じじゃないかと言いたくなったけれど、それはますます彼を意固地にさせるだけだとフレンは知っている。
 着流した着物の袷は普段着よろしくゆったりと開いていて、最初ユーリは右手をそこに突っ込んでいた。なのに、フレンが酒瓶に手を伸ばすと、さっと抜いて持ち替える。本当に意地が悪い。

「ケチくさいこと言わないでくれ。だいたいいつだって半分こしてたじゃないか」
「ガキのときだろ」
「今やったって問題ないさ」

 言って、ユーリの手から酒の瓶を奪う。奪ったところでユーリは肩をすくめただけ、何も言わないのだから、いつもの通り口先ばかりの皮肉だったということだ。それもまあ見越したところではあったし、それも含めたユーリというのがフレンの好きなユーリなのだから、いちいち気にすることもない。
 瓶の酒をそのまま煽ると、少しばかり焼けるような感覚がのどを通る。ユーリの好むような甘さはあるけれど、思っていたよりきつい。

「ずいぶんきついの飲んでるね」
「花見に水飲んでも楽しくねえだろ」
「こんなに顔赤くして言う?」
「知ってるくせにいちいち言うな」

 フレンが触れたユーリの目元は、鮮やかな朱に染まっている。そこだけじゃない、頬から首筋にかけて、刷いたように肌がうっすらと色づいていた。ユーリはもともとアルコールを摂るとすぐ目元が赤くなる性質で、なおかつ元の肌が白いせいでよく目立つ。
 とはいえ、酔っているかと言えばそれほどでもないというよりほとんど素面と変わらない。ざるどころか枠レベルの酒豪のユーリは、ちょっとアルコールに口をつけただけで肌が赤く染まるくせに、きつい酒でも水のように飲めるクチだ。まあそれはフレンも同じで、二人で飲むとつぶれることなんてないまま(せいぜいほんの少し眠気が来るくらい)夜が明けるのだけれど。だから違いと言えば、顔に出るか出ないかくらい。ユーリは見ての通り、フレンのほうはまったくカケラも顔に出ない。

「君が酒に強いのは知ってるよ。それにしたって花見にこれはないんじゃないか?」
「いいんだよ。少し酔えるくらいのほうがいい」
「僕らが酔えると思ってる?」
「まあ、簡単には酔えないよな」
「よっぽどのことがなければね」

 そこがつまんねえとこなんだよなあとユーリがため息をつく。枠体質のおかげで、ケンカっ早いわりに酒で失敗したことのないユーリだけれど、一度くらいは前後不覚になってみたいと思ったりもするらしい。フレンは別に失敗しないに越したことはないと思うのだけれど、いくら一緒に育っても、その辺は生まれもっての性格に起因してか全く見解が違う。
 あー酔ってみたい、なんて言いながら、ユーリはフレンから酒瓶を奪い返して豪快にあおった。ごくごくとのどが動く。今あののどにかじりついたりなんてしたら、たぶんびっくりして噴き出すなりなんなりするんだろうなあとか相当どうでもいいことを思った。

「ところでユーリ」
「んあ?」
「酒のつまみとか、要らない?」
「ん、欲しい」

 ひょいと手だけ出してくるユーリに思わず苦笑しながら、袖に手を突っ込む。ここへ来るまでにいくつか店をのぞいて、適当に買ってきたものだ。フライドポテトだのタコ焼きだの焼いたイカだの。

「……お前どこにんなもん隠してんだよ……」
「ちゃんと包んでもらったから問題ないさ」
「別にいいけどな、なんつうか……まあいいか。ところで甘いもんねえんだけど」
「僕は甘いものを肴に酒飲んだりできないからね」
「結局自分のために買ってきてんじゃねえか」

 不満げに口を尖らせるユーリはぶすっとしているけれど、さっさとタコ焼きに手を伸ばす。文句を言いながらもなんだかんだでこうして食べるのだから、可愛いんだか可愛くないんだか。
 フレンの買ってきたものと酒とを交互に口に運ぶユーリを、ぼんやりと眺める。どうやったってしぐさは男らしい以外の何者でもないのだけれど、いちいちそれにそこはかとなく甘い色気がつきまとう。普段もどこと言わず、そんな空気が顔を出す人間ではある、でも今日はそれが妙に強い。
 いつもと違う見た目と酒のせいかな、とフレンは思う。後ろ髪を結い上げたせいで露出した白く細い首。着流した着物とその淡い色。おまけにアルコールのせいで色づいた目元が美しい。耳や首回りなんかがほんのりと染まっているのは、着物ともあいまって湯上がりのような風情があった。酒に濡れた唇が赤く艶めいている。

「今日、何回間違われて声かけられた?」

 何の気なしに訊くと、動き続けていたその手がぴたりと止まった。たっぷり1分近く沈黙して、ぼそりと不機嫌極まりない声で、15回、と返ってくる。

「へえ、そりゃあまた盛大に」
「ったくどこに目えつけてんだか。こんなガタイの女がどこにいるってんだよ」

 フレンはそうだねと適当に相槌を打った。打ったけれど、間違えた気持ちがわからないでもない。
 男性としては華奢でも、確かに女性というには体格はしっかりしている。そもそもユーリは前線で戦えるような戦士なのだし、素手でも数人なら軽く相手にできるくらいの猛者。きちんと見れば筋肉もついていて(ただまあユーリにとっての不幸はそれがあまりわかりやすく現れないことだろうきっと)、女性とはかけ離れていると誰だってわかる。でもユーリはそれを覆い隠してしまうほどに、長い髪と整った顔立ちの印象が強い。大人になってずいぶんと精悍になったし表情のせいでわかりにくいけれど、もともとの顔のつくりが儚げなまでに繊細なのだ。それは女性に通じるような美しさを伴っている。でも本人はその辺りにはまったくもって無頓着だからカケラだって気にしていない、だから結局、わかっていない。
 半ばヤケ酒状態になり始めたユーリの手から、再び瓶を奪う。軽くあおって、フライドポテトをつまんで口に放り込んだ。塩気の足りないのが酒の甘さにちょうどいい。一人、心の中で花見酒を楽しむと、ユーリがそれをつまらなさそうに睨んでくる。その顔が妙に子どもくさくて可愛い。

「ま、半分くらいはその見た目のせいだろう」
「……選んだのは俺じゃねえぞ」
「聞いてる。着物はエステリーゼ様、帯はリタ殿、その髪型はジュディス殿……だったっけ」
「寄ってたかっていじりやがって。ったく」
「でもまあ、似合ってるけど」

 は、とユーリが目を瞠るのに笑いながら、瓶を横に置く。その背中に手をかけて引き寄せると、うわっと色気のない悲鳴を上げて倒れこんできた。何するんだと暴れだす前に腰に腕をまわし、あごをすくって口づける。さらうみたいに、触れるだけ。一瞬その動きが止まって、すぐに肩にかかった手が押してきた。逆らわずに、そのまま離れる。

「お前、いきなり何しやがんだ!」
「え、なんかとりあえずキスしたいなあって」
「アホ言ってんな、痛えだろ首!」

 つっこむのはそこなのかとちょっとだけ言いたくなった。倒れこんだ姿勢のままいきなり上向かされて首が痛かった、それはとりあえずよくわかったのだけれど。抗議が明後日を向いていた気がしたのはフレンの気のせいなのか。いまいち判断がつかない。
 ったく、とフレンの肩にもたれたまま、うなじのあたりをさすっているユーリに、再び苦笑する。

「いきなり、って君は言ったけど」
「あ?」
「いきなりじゃなきゃいいのか?」
「時と場所を考えりゃな」

 にやりと笑ったその顔が、凄絶なまでに美しくて、フレンは無意識に息を飲んだ。見慣れているのに、心臓が少しばかり騒ぐ。
 幼なじみに翻弄されている自分がおかしくなって、小さく吹き出す。

「……じゃあ、キスしてもいいかい?」
「首痛えのは勘弁だぜ?」

 艶やかな笑みと、至近距離で見つめ合う。長い睫毛の奥で紫暗の瞳が挑むみたいに揺れていた。絡んだ視線から何かがどろりと溶け出していくみたいな気がする。それはここに横たわる距離だったのか、フレンの理性か、それともユーリの理性だったのか、わからない。
 抱きこんだようなかっこうのまま、再びそっと口づけた。触れ合わせるばかりじゃなくて、少しずつ深く深く。ユーリの手がフレンの首に添えられ、もう片方が衿元から肩へと潜り込む。つられるようにフレンもユーリの肌蹴た袷から手を差し込んだ。少しばかり傷跡のひっかかる、それでも滑らかな肌に指先を滑らせて、舌を絡めれば鼻から抜けるような甘い声が小さく上がる。
 そっと目を開けて様子を窺えば、間近で閉ざされた瞼と睫毛が揺れていた。きゅっと少しだけしわの寄った眉間は苦しげだけれど、それは息を奪われるからだけじゃあない、走り抜けるものをこらえているからだろうと勝手に思う。誰よりも男らしい彼だけれど、キスの最中はこんなにもおとなしくて、こんなにもきれいで可愛い。
 ふと、ユーリが目を開けた。ばしりと視線が合って、じろりと睨まれる。途端、奪ってばかりだった息が、逆に奪われて、少しだけフレンも苦しくなる。

(やっぱりな)

 ユーリはこうでなくちゃいけない。フレンは思う。美しく儚げな外見に似合わず、そのイメージすら打ち砕くような不敵な笑みと強い姿勢を崩さない、皮肉屋らしいユーリでなければ。
 奪い、奪われる。互いに絡めて吸って、どちらがどちらともわからなくなるようなキスをする。まるで勝負でもしているみたいに、どこまでも追いかけて追いかけて、ひたすらに奪い合う。潜り込ませた手も、黙らせてなんておかない。フレンとユーリは幼なじみで親友でライバルで、だからどちらか一方だけが勝るなんてそんなことはありえない!
 完全に体の奥で、何かに火がつくのを感じる。どんどん煽られて勢いを増すそれが、熱いながらも心地いい。
 けれど多少の息苦しさが勝って、どちらからともなく離れると、どちらからともなく息をついた。すっかり息が上がっているユーリは、もともと赤らんでいた目元をさらに真っ赤に染めている。息が上がっているという点ではフレンも同じだけれど、ユーリほど赤さは目立ってないはずだ。

「……相変わらずえげつねえキスしやがんな、お前。手クセも悪いし」
「君こそ、キスのときまでひねくれてる」

 至近距離で互いににやりと笑う。

「本当に負けん気のカタマリなんだよな」
「そのままそっくり返すぜ。お前だって負けん気の強さじゃ誰にも負けちゃいねえだろ」
「じゃ、どっちが負けん気強いか勝負、かな」
「……勝負すんのはいいけど、場所は変えろよ。あと押し倒すのも不可」
「なんで?」

 きょとんとして聞き返せば、ユーリが呆れたようにお前なあと肩をすくめる。

「こんないつ人が来てもおかしくねえような場所でやる気かお前」

 広場の方が落ち着けば、木の下へ流れてくる人も現れる。今はまだ誰もいない、たった二人だけだけれど、いずれはきっと、ただ花を楽しむ人が増えてくるに違いない。

「……押し倒すなっていうのは?」
「髪型崩れる」

 返事は一言だったけれど、その本当の意味は簡単にわかる。戻れば、きっとからかわれるどころじゃ済まないだろう。エステリーゼや少年首領あたりならばまだごまかせても、あの勘の鋭そうなジュディスやレイヴンはごまかせまい。なんだかんだと頭のいいリタも見透かしてきそうな気はする。
 なかなか大変な(でもありがたい)仲間に恵まれたものだなと、口には出さずに笑った。

「じゃ、髪型は崩さないように、勝負の続きといこうか。……もちろん場所は変えてね」

 揃って立ち上がると、少しばかり強く風が吹いた。ひときわ大きく花びらが舞う。
 雨と降る花の中、フレンはそれをつかもうと手を伸ばしながらも隣を見た。結った髪にハルルの花びらを無数に絡ませ、落ちてくるそれを追うように伸ばした手のひらにもまた花びらを受け止める。ユーリが指先に引っかかった花びらを唇へと引き寄せるのを、まるで魅入られたように見つめた。
 なんとも言えない、見ているだけで背筋がぞくりとするような、凄絶な色香がこぼれ落ちる一枚絵。淡い色彩の中、白い輪郭と黒髪がなじみながら浮き上がる。
 ――目を奪われる。

「どうかしたか?」

 声をかけられてはっとした。気がつけばユーリがこちらを見ていて、いつもの笑みを浮かべている。
 完全に見入っていたなんて、苦笑せざるを得ない。

「いや、なんでもない。それより行こうか、勝負もしたいし、多少飲み直したりもしたい」
「なら、酒これだけじゃ足んねえな。買い足すか」

 取り上げた瓶の、半分よりももうだいぶん下で揺れた酒を見てユーリがつぶやく。なら今度はもう少し辛いのが飲みたいとリクエストを出すけれど、ユーリは聞こえていないふりで(絶対聞こえているはずだから、ふりに違いない!)、次は何にするかなぁとかのんびり考え込んでいる。
 フレンはまあいいかと、別のことを考える。勝負しようかとは言ったけれど、正直、今日はもう負けた気分だ。最初に手を出したくなったのはフレンだし、さっき完全に目を奪われたばかりだし、もう勝てる気がしない。
 こうなればもう、親友と過ごす時間をただ楽しむだけだ。フレンは半ば開き直って、先に歩き始めたユーリの横に並ぶ。とりあえず自分の好みに合う辛い酒を買おうと決めて。

先日の絵茶での宿題ふたつめ、"ピンクとユーリ"
"ひきこもりユーリ"同様、絵茶でご一緒したお二方へ捧げます
なんかもうすみません……;;
[2008.12.14]

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