女神様の加護

「は、放してください」

 ダレスがはぐれた幼なじみを探し出したとき、彼女は非常にまずい状態にあった。悲しくも、予想通りというか、何というか。
 怯える少女(もちろんのことお忍び中のアリーシャだ)に、ごろつきとおぼしき男が3人。そのひとりがアリーシャの腕をつかんでいた。ダレスがいるのとは逆のほうへと、歩き出そうとしている。連れ去られる寸前にしか見えないそのシーンに間に合ったのは、タイミングがいいと言っていいのかもしれない。

「その子を放せ!」

 叫ぶと、全員の視線がダレスに向いた。ダレスはアリーシャより年上とはいえ、まだ幼い子どもでしかない。最初は警戒心と敵意がむき出しだった男たちの視線が、この姿を捕らえた瞬間に警戒を緩めた。
 侮られている。そう感じて、ダレスは悔しくなる。そりゃあ自分はいまだ子どもで、魔法だってやっといくつか使えるようになったくらいの駆け出しもいいところ(それでも天才だなんだと謳われている)のひよっこ魔術師だ。魔法がきちんと使えるならば、自分よりもはるかに腕力のある相手を倒すことくらいできるけれど。そこは天才といえど幼い子ども、コントロールできる魔力にも限界がある。つまり、今のダレスは男たちが侮っても仕方のない存在でしかない。
 それでもアリーシャが彼を視界におさめた瞬間、ほんの少しだけ安心したように目を潤ませたのが救いだった。少なくとも彼女は、ダレスを信じてくれている。
 ごろつきたちが、ひどくありきたりなことを言った。なめた口調で、邪魔をするならなんとか、と言っていたと思う。異国訛りのするそれを聞きながら、ダレスは呪文を唱えだした。アリーシャがやつらの手にある以上、広範囲に影響をもたらす魔法は使えない。それでも魔法を使う気配を見せれば、きっとやつらはダレスをなんとかしようとするに違いないのだ。
 案の定、ごろつきはダレスに向かってきた。3人のうち、2人。アリーシャがダレス、と叫ぶ。さあ、勝負だ――
 ごきんと鈍い音がしたのはちょうどそのときのことだ。え、と思わず呪文を途中で止めて瞬くと、後ろのほうで痛そうな首のひねり方をしながら崩れ落ちるのが見えた。それを見ているのはダレスに向かってきていたごろつきたちも同じ。倒れたのは自分たちの仲間だったのだから当然だろう。
 倒れた男の傍らに、何事もなかったかのような顔でアリーシャが立っていた。じっとこっちを見つめる目は冷たく冴えていて、ダレスはまさか、と思う。
 ごろつきたちは小娘がと喚きながら、アリーシャのほうへと引き返していく。売るなりなんなりするつもりだったはずなのに、仲間をやられて完全に逆上しているらしかった。乱暴にその細腕をつかんで、ふざけたまねをするなと殴ろうとしている。危ない、そう叫ぶより先に、彼女自身の唇がゆっくりと開いた。

「貴様のようなものが気安く触れるな。汚らわしい」

 少女の声に似合わない冷たい言葉は、ダレスの想像をしっかりと裏付けていた。今、ごろつきと対峙しているのはアリーシャではない。あれは、彼女の中の"ヴァルキリー"だ。
 ヴァルキリー・シルメリアは怒りに染まるごろつきの顔の急所を蹴り飛ばし(もちろん腕はあっさりとはずさせている)、残るひとりもあっさりと打ち伏せた。急所狙いで。幼い少女で一国の王女である娘が知るはずもない戦い方だ。それでごろつきを伸してしまったシルメリアは、ちらりと視線をダレスに向ける。戦いの女神の手にかかっては、身体が幼い少女であろうとごろつき程度を伸すのになんら問題はないらしい。

「ずいぶんと遅かったわね」

 アリーシャに何かあったらどうするつもりだったのと、ぱんぱんと服をはたく彼女。それを見ていて、ダレスはとりあえず悟った。悟らずにはいられなかった。
 シルメリアはダレスを待っていたのだ。彼の助けの手でなく、彼が来る、それ自体を。

「まあ、アリーシャを連れ去ろうとしたらすぐに入れ替わるつもりではいたけれど」

 幼い顔に似合わない笑みを浮かべている女神は、どうあっても彼を牽制するつもりであるらしい。
 たぶん不用意にアリーシャに近づけば、蹴り倒されるのは自分だろう。

姉バカ(?)戦乙女さま
メリーは可愛い妹(アリ姫)に悪い虫がつかないよう見張ってます
[2007.1.27 執筆/2007.2.21 加筆修正]

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