透けて見える

 シーナがもっとずっと大人になったらこんな感じなのかな、と思った。なんとなく。

 ゲオルグの知り合いらしい剣士は、実年齢よりもはるかに若く見える男だった。名前はカイルというらしい。ひたすら羽目をはずすなよと念を押すゲオルグを見て何故だろうと思ったけれど、それはその後酒場できれいな女のひととしゃべっているのを見かけてなんとなく理解した。シーナと同じなのかなぁ、そんな風につぶやいたら、本人にオレはもっと違うんだと怒られる。どう見たって同じなのに。
 ただまあ違うところをあげるとするならば、カイルはいつでも人懐っこい笑顔を浮かべている人だということだろうか。シーナがとっつきにくいというわけじゃなくて、カイルの表情は小さな子どもそのままみたいに見えるという意味で。それをゲオルグに言ってみたら、ちょっと驚いたような顔をされてしまったけど。
 その当のカイルは、あはは鋭いねーと楽しそうに笑っていた。

「俺、ファレナから来たんだよねー」

 出された紅茶をティースプーンでかき回しつつ、カイルが笑う。
 軍議の合間に出くわした彼を捕まえ、話を聞かせてと頼んだら、カイルはあっさりと承諾してくれた。それをありがたいと、ユウは彼を自室に引っ張り込んで(シュウに見つかったら怒られそうだけれど、ユウにはカイルが悪人には見えない)、座らせて、お茶を出す。手早いなぁと苦笑するカイルの前に自分も座ると、真っ先にどこから来たのと聞いた。その答えがこれ。

「普段はファレナの近くをあっちこっち行ってみたりしてるんだけど。ちょっと遠出したくなっちゃってさー」
「ファレナって、ずっと南のほうにあるんですよね?」

 最近叩き込まれた地図を思い浮かべる。トランの南、群島諸国の先。海の向こう。遠い南国で馴染みのない国。とりあえず、10年くらい前に一度内乱があったことだけはシュウに聞かされたけれど、それ以上のことは知らない。そもそも、内陸育ちで海さえ知らないユウにとっては、未知以外のなにものでもないのだ。
 カイルはにこりと笑う。笑ってうなずく。

「そう、ここからだと遠いよねー」

 そこから来た俺が言えたことじゃないけど、と彼はまた笑って。
 よく笑うなぁ、とお茶をすすりつつ、思う。それもきっと、カイルを幼く見せる一因であるのだろうけれど。とりあえず彼の半分以下しか生きてない自分がそう思うのは失礼だなぁと、ぱっと考えるのをやめた。

「カイルさんがゲオルグさんと会ったのは、ファレナ?」
「うん、そうだよ。もう10年くらい前になるかなぁ」

 あれ、とユウは首を傾げる。10年くらい前のファレナといえば。再びシュウに聞かされた知識が顔を出す。
 それが顔に出たのか、カイルはそのちょっと前だよと言いながらもうなずいた。

「ファレナ動乱は、ゲオルグ殿と会った後で起こったんだ。最初に会ったのは、その何ヶ月か前の話」
「そうなの?」
「そうなんだよねー」

 カイルの目が少しだけ遠くを見た。

「ゲオルグ殿って昔からすごい腕の持ち主だったから、何度か手合わせしたけど……勝てた試しなかったなー」
「やっぱりカイルさんも強いんだ」

 きょとんとして目を瞬かせるカイルに、ユウは笑う。
 最初に会った時から思っていた。カイルの身のこなしも周囲への気の配り方も、並みじゃない。腰の剣を抜いたところは見たことこそないけれど、その柄は使い込まれたもののそれだった。この城にいる剣士でもきっちり勝ててしまう人間は限られそうだ(ああ、ここもシーナと違うかも!)。ユウ自身、自分の武術に自信はもっている。でも、勝てるかどうかは間違いなく別問題。
 カイルは困ったように耳の下をかいている。

「俺、ユウくんに強いって言ってもらえるほどの腕じゃあないよー?」
「そんなことないよ! カイルさんの歩き方とか、その剣とか、見ればわかるから」

 これか、と剣を見やる。カイルの手がすらりと剣を抜き放つのに、ユウは目をきらめかせた。
 鏡のような刀身に、自分の顔が映る。

 ああ怖い、とカイルは胸の内で苦笑した。
 抜いた瞬間、扉の向こうから吹き付けた殺気。どこの誰かは知らないけれど、きっちり守るべき人を守っているらしい。
 けれど、今、愛刀は少年の手の中にある。天津風の銘をもつ、長く付き合い続けてきた相棒を預けることに抵抗はなかった。自分でも不思議なほど、会って間もないユウに気を許している。硬いつもりはないけれど、それほど気安いつもりもないのに。なのに、こうしてあっさりと剣を預けてしまえるのは。

「ごめんね」

 最初は申し訳なさそうに、そのうち目を輝かせ、その刀身に見入っていたはずの少年がつぶやいた。え、ときょとんとしたら、顔を上げた少年が苦笑していて、また驚く。

「ごめん、て、何が?」
「外。気付いてるよね? あの、悪気はないんだ、みんな。だから」
「ああ。いいよ、気にしてないからさー」

 彼は謝ってくれるけれど。カイルはどうしようかなぁとへらりと笑った。扉の向こうにいる誰かさんのことは、むしろ当然のこととして受け止めている。謝られると逆に申し訳ない。
 へこんだ子犬よろしく、しゅんとなっているユウのために、にこりと笑う。ああ、人を慰めるなんていつ以来だろう?

「あの人たちにとったら、君はとっても大事な人なわけだしー。俺も外にいる人たちの気持ち、わかるしー」

 そう言った瞬間に、ユウはくにと首を傾げた。ホント犬みたいだなぁと思って、くつくつと笑いがこみ上げる。

「俺も昔、ああやって守る側にいたからわかるんだよねー」
「ファレナで?」
「そう。ファレナで、ゲオルグ殿も一緒に」

 驚くユウの表情に、かつて守っていた人の幼い頃の面影が重なる。カイルは妙におかしくなった。髪の色も目の色もまるで違うのに(ていうか性格そのものも違う!)、懐かしさがこみ上げてくるなんてどうしてかなぁと、考える。一生懸命で、表情がくるくる動く子供っぽさ。そのあたりがカイルの記憶の中のあの人と似てるんだろうか。
 どんな人かと聞かれて、カイルは記憶の中の少年をどう説明したものかと考える。ユウのように、軍を抱えて。大切なものを守りたい、取り返したい。ただひたすらに、それだけを願っていた人。……ああ、似ているのはそこか。

「俺が守ってた人っていうのが、そりゃあもう頑張り屋で一生懸命で。小さい頃からそばにいたし、それこそ弟みたいな感じだったんだよねー」

 話しながら、頭を抱えたくなった。不敬罪? いやまあそれもあるけれど。
 次から次へと思い出される、たくさんの顔。かつての少年が取り返して守りたかった人たちの顔が、さっきとは比べ物にならないような懐かしさでカイルの頭を殴っていく。

(そういえば、しばらくみんなに会ってないなー)

 ああもう、どうしよう。叫びたくなるのをこらえて話し続ける。こんな遠くまで来たのに、みんなの顔が見たくなってしまうなんて!

 遠くから来た彼の話は、ハイランドと都市同盟しか知らないユウの好奇心を満たしてくれる。
 南国の土地と、そこに生きる人たちと。一度自分の目で見てみたいなぁと思いつつ、どこか懐かしげに口を開くカイルの話に一生懸命聞き入った。

世にも珍しい組み合わせでも、本気で書いてみたかったのです
どこをふらふらしてようとも、カイルは絶対に太陽宮のみんなを忘れない
[2007.2.1]

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