泣けやしねぇし

 子どもの頃からわりと涙なんて縁遠かったのだけれど、まったく泣いたことがないわけでもなかった。
 一度、大泣きしたことがある。なんでだか悲しくて、もうとにかく泣きまくって叫びまくって、それまでに溜め込んだ分とこれから先数年分じゃないかというくらいに涙を流しまくった。涙の跡が残る頬、なんて言い回しを本なんかじゃ見かけるけれど、あれはそんな生ぬるいレベルじゃない。頬全体が乾いた涙のせいでかさついてつっぱって、ついでに鼻もぐすぐすとつまりまくって、真っ赤になって、とどのつまりがとんでもなくひどい状態だった。
 細かい理由はもう覚えてない。もともと些事にはこだわらない性格だ、母の暖かい手に慰められて、1日がかりで泣き止んだ後はすっぱりと忘れてしまった。ただ、猛烈に悲しかったということだけ、妙に印象に残っている。
 後にも先にも大泣きしたのはあのとき一度きり。きっとそれがなければ、自分は血も涙もないか、涙を流す機能のどこかが欠損しているかのどっちかだと思い込んだに違いなかった。その意味じゃ、間違いなくあれはいい思い出のひとつなのだけれど。
 でもやっぱりあれは泣きすぎたのじゃないかと、今は頭のどこかが冷静につぶやいている。

「ザックス」

 それはたぶん呼びかけたのではなくて、無意識に外へ出てしまったというだけなのだろう。ぽつりとこぼれ落ちたような響きに、クラウドの途方にくれたのが伺えた。一言も発しはしないけれど、多分ツォンも似たような状態なのかな、と思う。
 多分、泣きに泣いたというのなら、二人もまたアクションの取りようがあるのだろう。けれど、今のザックスにはそんなことは無理だった。……というより、二人の状態をぼんやりとはいえ認識できる時点で、実のところ驚きだったくらいなのだ。
 アンジール。
 先輩で師匠で親友で、つまりは誰よりも近くともに過ごしたやつ。自分という人間を支えてくれた人間。そんな人を失うということ(どこを捜したってもう二度と会えやしないという意味で)は、とてつもなくつらくて悲しいのだろうと、いつだって思っていた。何かにつけて思慮が足りないだの突っ走りすぎるだのと多方面から言われてきたけれど、そのくらいの想像力はちゃんとある。ただ、それが想像の世界だけで終わっていたのは、幸いなことにザックスがついさっきまでそんな経験をせずに済んでいたからだ。
 友人たちとの永遠の別れはもちろんのこと経験済み。そりゃあこんなご時世にこの職業、そのくらいあたりまえ。でも運のいいザックスは、支えとなる人を失うことなくここまで歩いてこれていた。この神羅という組織の中で、あやういながらもひとりで立てるようになったのを、彼にしっかり見届けてもらえたのは、本当に幸せなのだろう。でも、失った衝撃と悲しみが薄れて消えるわけじゃない。
 涙は流れなかった。こんなに悲しいのに。悲しいことを悲しいと、素直に感じ取れないくらい悲しいのに。思えば思うほど胸は空になるばかりで、この頭も心も悲しいと言ってくれない。痛みさえ感じない。……アレと一緒か。衝撃食らえば体が麻痺する、アレと。

「なあ」

 かすれた声がのどをこする。それに、クラウドとツォンがそろって顔を上げた(ようだった。気配感じただけだから)。

「……オレ、何で泣けねえのかな」

 ザックス、とクラウドの声が聞こえた。今度は呼びかけるような響きだった。気遣うように、何かを言おうとするかのように。
 頭の中は真っ白で、考えはまとまらない。アンジールのこと、さっきの光景、出てこない涙。すべてがぐるぐるとまわり続けて、どうにもならなかった。……いっそのこと、泣いてしまえたらすべて洗い流されてすっきりするんじゃないだろうかと、変に冷静な自分がどこかでぼそりとつぶやく。
 幼かったあの日、彼の中からすっきりと悲しみを洗い流したのは、母の優しい手じゃなかったのかなと、いまさら思ったのはそんなときだった。

 悲しすぎると涙なんて流れないってことを、ザックスはいまさら思い知った。
 ……それさえも考えられないくらい頭はめちゃくちゃだったけれど。

アンジール戦後、帰還時のヘリの中。からっぽザックス
[2008.3.22]

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