晴れた蒼

 ミッドガルを出たらもう夜明けで、空が白み始めていた。
 カームへ向かうと決まったものの、いくらなんでも夜通しノンストップで歩くには主にエアリスに優しくない距離がある。本当なら、いつまでもミッドガル周辺にいるのは危険だけれど、彼女に無理を強いるわけにはとクラウドが言い、ティファがその通りだと言い(ティファだって女の子なのにと思ったけれど、わたしは鍛えてるからとあっさり言われてしまった)、バレットとレッドXIIIもあっさりと了承した。ということで、少しミッドガルから離れた場所で休んでから出発することに再決定。今に至る。

 ――そして、エアリスは生まれて初めて”空”を見た。

 選んだ場所が、ミッドガルのスモッグやらなんやらが及ばない場所だったせいもある。澄んだ朝の空気の心地よさに目が覚めて、妙な嬉しさに舞い上がって思わず深呼吸をした。少しばかり冷えた空気はほどよく柔らかい。花の世話をしているときに少しだけ感じていた青いにおい。ミッドガルのオイルくさいつんとしたにおいと違って、とても優しかった。エアリスの心の中にわだかまる罪悪感(母さんをあそこへ置き去りにしてしまったから、そればかりがとにかく気がかりなのだ)を、きれいに拭い去ってくれるくらいに。草いきれなんて言葉を知らないエアリスには、それが空のにおいであるかのように思われてならない。
 すっかり夜は去り、朝焼けももう名残さえ消えて、頭上には真っ青な空が広がっている。空は高く、色もはっきりしていて美しい。ゆったりと広がる雲が抜けるような青を際立たせる。快晴だ。
 プレートの上で花売りをしていたときに、もちろん空は見たことがある。大抵は夕方か夜だったけれど、時折昼間に上がることもあった。けれどスモッグのひどいミッドガルじゃあ、その色は見られない。霞むに霞み、あげくにグレイの雲が重く低く垂れこめて、空はとても遠かった。
 その、遠かったはずの空を、エアリスは今見上げている。
 とてもきれいで、太陽の光にきらきらしている空の色は、エアリスにたったひとつのものを思い出させた。優しくて澄んでいて、色鮮やかな人工の蒼。ソルジャーの瞳。
 いつか空を、そう笑った彼と最後に会ってからもう何年になるか。彼が殉職したとの報が流れたのは、最後に会ったその少しあとのことだった。もちろん信じなかったし、今も信じていない。エアリスは神羅を信じない。だから今も彼はどこかで生きていると思っている。エアリスのことなんてもう覚えていないかもしれないけれど(そう思うと少しばかり泣きたくなる)。

(ねえ、ザックス)

 心の中で、呼びかけてみる。

(わたし、空、見てるよ)

 肩越しに振り向いた先には、出立の準備真っ最中なクラウドがいる。その目は色鮮やかな蒼に染め抜かれて、きらりと輝いていた。もともとの瞳の色のせいか、クラウドと彼の瞳は同じ色でありながら微妙に色味が違う。クラウドの場合は少しばかり薄くくすんでいるそれが、とにかく高く抜けるような色だった。ザックスの目は。
 空の色と同じかと言われれば、実物を見た今となっては少しばかり首を傾げる。彼の瞳は濃い色をしていた。空はもっと薄い。クラウドの瞳のほうが、まだ色味は近い気がする。けれど、そのどこまでも抜けるような透明感は、ザックスの瞳のほうがよく似ていた。
 クラウドの目がエアリスを見た。魔晄の瞳に空と大地とエアリスが映り込む。微笑むと、クラウドはややきょとんとした風に瞬いてから、小さく首を傾げた。笑いはしないけれど、どことなくまとう空気が柔らかい。

(ザックス、一緒じゃないけど……でも、なんでかな)

 姿形も性格も違う。でも、その仕草やクセ(スクワットとか髪かきあげるとか、困ったときに頭をかくとか……まあとにかくいろいろだ)はまるで同じだ。だからだろうか。

(あなたが外へ連れ出してくれた気がする。わたしに空、見せるために)

 ほら、空は怖くない、なんて。あの空と同じ、抜けるような明るい笑顔で、すぐ近くで笑っている。そんな風に思えてならない。
 この場合、お礼を言ってもいいのかなと少しばかり考えてから、エアリスは心の中でだけありがとうとつぶやくことにしておいた。クラウドやレッドXIIIを驚かせてはいけないし、何より――

(返事が聞こえちゃったら、いやだもの)

 小さくかぶりを振って、エアリスは少しばかり荷物(と言ってもほとんどない)を持とうとクラウドたちのほうへときびすを返した。晴れ渡る空はどこまでも青い。

ザクエア初デートより。エアリスの中にザックスがいる感じ
[2008.2.14 執筆/2008.5.2 公開]

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