ばちんと閉めた携帯電話をお気に入りのハンドバックに滑り込ませて、エアリスはあーあとつぶやいた。一緒に吐き出された息が白い。
しかたなしに駅へ足を向けた小柄な彼女は、あっという間に雑踏に飲み込まれる。ひとりで外気に触れているより幾分マシではあったけれど、向かい風のような人の波に逆行するとなると、なかなか前へ進めない。もとより、足を前に出すのが嫌なのに。
普段、ワーカーホリックとは縁遠いエアリスの恋人は、デートをしようと約束した今日に限って残業することになってしまった。本気で悪いと思っているのかわからないようなメールでも、ごめんと言われればそうねじゃあまた今度と言わざるをえない。ここでなんでいきなり残業なのかと詰め寄るのは簡単だ。でもそれで壊れてしまうもののほうがたぶんきっと大きくて、取り戻すのはとても大変なことだと思う。生来淡白な性質も手伝って、だからこそエアリスは笑顔の絵文字入りで返事をした。
それでも、寒いものは寒い。歩きながら、ふるりと震える。身体はコートとマフラーとミトンでぬくぬくしているけれど、一度は限界までふくらんでいたものがしぼんだ後の心の中まではカバーしてくれない。ストーブであったかくした部屋でお気に入りのふわふわな布団をかぶっても、寂しい気持ちが暖まったりはしないのだ。
たまたますれ違ったカップルが仲よさそうに腕を組んでいた。どこへ行こうか、なんて弾んだ声がして、エアリスはいいなあとため息をつく。彼が残業なんてことにならなければ、今頃エアリスもあんな風に浮かれていたはずなのに。
この時ばかりはワーカーホリックじゃない彼をほんの少しだけ恨みながら(どうせ残業するはめになったのも真面目にお仕事をしなかったからだ)、エアリスは小声でちくしょうめと言った。もちろん本気じゃない。本気なんかじゃないとも。だってそんな男を好きになったのはエアリスで、普段お仕事をサボってたりしてもしかたないわね!と一緒になって笑っているのもエアリスなのだ。寂しさのあまりに頭もちゃんと働かなくなっちゃって、余計に寂しいことばかり考えてしまうだけなのだ。だから本気なんかじゃないったら。
結局、今日はつまらない日になっちゃうのだと諦めながら歩くエアリスは、だいぶ近づいてきた駅を見た。そして、とてもとても驚いた。
無意識に早足になる。その気持ちは驚きでいっぱいだけれど、同時にしぼんだものがもう一度大きく大きくふくらんで、すごく暖かくなっている。恋する乙女の見間違い? そんなこと、ありえない。世界中の誰よりも何よりも大好きなひとのことだから、エアリスにはちゃんとわかるのだ。どういうことだかさっぱりわからないけれど、彼が今、駅前に立っている!
でもこのまま嬉しいわと抱きつくのは、ちょっとどころかけっこうしゃくだった。さあどうしてくれよう、幸せに暖められた頭はくるくるとよくまわる。どうせなら少し困らせてやろうと、エアリスは雑踏に隠れてにんまり笑った。
現代パラレルのつもりだけれど、普通にFF7の世界として読めなくもないかも
(と言ったら相方にやっぱりパラレルだよといわれました)
恋人は、レノでもクラウドでもザックスでもご想像にお任せします
お好みでどうぞ
[2007.1.22 執筆/2007.2.21 加筆]