ベストウィッシュ

 その日はいつも以上に寒かったし仕事でも何でもなかったのに、レノは適当に起き出して適当にファーつきのダウンコート(安売りしてたのをまあいいかと思って買った)をひっかけて、適当に上と下をつなぐ電車に乗った。がたたんごととん、独特のリズムに揺られて着いたのは、七番街ホーム。
 いつも通り電車から降りて、いつも通り寒さに耐えるべくぐっと息を詰める。這い上がる寒さにぶるりと震えて、なんでこんなところへ来ちまったんだと我に返った。大変今さらではあるし自分でも理由なんてわかっているのだけれど。ああ、あの女に出会ってから、まったく自分は自分らしくない!
 ここへ来てしまった原因目指して(腹立たしくもここから少し歩かないといけない)、ぶらぶらと歩き出そうとした矢先。レノはホームの隅っこに赤いかたまりを見つけて、ポケットにつっこんでいた手でごしごしとこすった。もぞもぞと動く怪しいかたまりは、てっぺんから茶色のしっぽを生やしている。もぞもぞ動くのと一緒にぺんぺんはねるしっぽはどっかで見たなと思うけれど、とりあえず思い出せなかった。
 新種のモンスターだったら逃げようと、見極めるべくレノはそいつに少しだけ近づく。仕事に限らず、休日にわざわざ疲れることはしたくないというのが、レノのモットーだ。やっかいごとの類ならそのまま気付かなかった振りをして通り過ぎるなり逃げるなりすればいい。けれど、その予想はあっさりと外れた。
 近づいて見たそれは(毛玉みたいに見えた)、真っ赤なニットのコートを着た人間だった。吹きっさらしの七番街ホーム、薄汚れた隅っこに座って、どこからか吹き込んで溜まったに違いない雪を、ざくざく、茶色のブーツで蹴っている。氷のかけらが飛び散って、叩き割ったガラスよろしくレンガタイルの上できらめいた。
 仮にもタークスである上にエースであるレノは、見て取った情報からそれが自分にとって害ではないものだと理解した。(ある意味では害であるけれど。)足音を殺して気配を消して、気付かずに、ざくざく、雪を蹴り散らかしているそいつの後ろに立った。

「なにやってんだお姉ちゃん、と」
「うきゃあ!」

 色気のねえ悲鳴だな、と言いながら、レノはげらげらと笑った。それからぶんと振り回された、先っちょにピンクのリボンがついたしっぽで足を引っぱたかれそうになったので、慌てて一歩下がる。
 しっぽを振り回して振り向いたそいつに、ようと片手を上げた。まんまるくなった緑の目がぎらんとして、レノはそれににらまれる。挨拶しただけなのに。理不尽だ!(思ってもそりゃあ言わないけれど。)

「そんなに目ぇ見開くと化け猫みたいだぞ、と」
「にゃー!」
「そんな返事いらねぇぞ、と」

 仕事をしているときのレノのターゲットで、休日を過ごすときのひまつぶし相手である女は、オモチャをはたく猫を思わせる俊敏さで、ミトンパンチ(適当に命名)を繰り出した。見た目は痛くなさそうなそれが見事なまでにしゅっと風を切ったので、レノはおおうと足を持ち上げる。

「いきなり暴力はいただけねえな、と。化け猫姉ちゃん」
「化け、は余計!」
「猫ってとこは認めんのかよ、と」
「気まぐれで可愛いあたり、似てるかもしれませんですよ」
「自分で言うな、と」

 再びミトンパンチが風を切って、逆の足を持ち上げて避けた。
 女がのそのそとホームによじ登る。びしりとレノを指す、ただしミトンのまま。形が昔なんかで見たマンボウとか言うサカナみたいだ。

「さっきから失礼よ!」
「俺は事実を言っただけだぞ、と。ていうか、お姉ちゃんがなんでこんなとこにいるのかな、と」
「見ればわかるでしょ!」

 腰に手をあてて、えへんと胸を張る。なんか偉そうな、ずっと背の低い女を見下ろして、レノはぼりぼりと頭をかいた。なにがしたいのかはとりあえず、まるっきりわからない。

「今日あたり来るんじゃないかと思って、迎え、来てあげたの」
「迎え?」

 レノは首を傾げて考えた。
 とりあえずまず、レノと女はわかりやすく何かを約束しあうような間柄ではない。それは確かだ。とてつもなく確かなことで、一度だって待ち合わせとかをしたことはない。そもそも、相手の都合なんて知らないし合わせてやるつもりもない。単に女がレノの暇つぶしになるのは、いつでも決まってあの教会で土いじりをしているから、行動を把握しやすいだけのことなのだ。まあ何より、タークスは女の行動範囲もパターンも、きっちり把握しているのだけど。
 でも女がレノの都合を把握しているなんてありっこない。レノが女の前で明日は休みだとか仕事で遠出するだとか、そんなことを言ったことはないのだ。レノはそういう類の話を他人にするようなタイプではない。むしろこの場合は彼の美学を侵すことだから嫌いと言うべきだろう。だってレノと女は友達でも恋人でもない、狩人と得物、仕事上での関係しかないのだから。
 そのレノを悩ませる発言をした当の女は、自分の物言いがレノを困らせたと知ってご満悦だった。(ムカツク!)

「一緒に行こうと思って」
「メシならおごらんぞ、と」
「ケチ。でもとりあえずごはんじゃなくて、いつもの教会」

 ……とりあえず、レノにはますます意味がわからなくなった。女がいつもと言う教会は、いつもと言うくらいなのだからあの伍番街スラムの崩れかけた建物だろうけれど、それをレノと女の間でいつもなんて言い表すことがあるなんて思いもしない。
 そこへ一緒に、というのはどういう意味だ?

「何手伝わす気だ、と」
「まったく、あなたってば、ひねくれものね!」

 それも筋金入りの、と楽しげに女は言って、レノのポケットに突っ込みっぱなしだった手を引っ張って歩き出す。レノが思わずつんのめりそうになっても、上機嫌で鼻歌混じりの女は止まらない。
 最初一人で歩く予定だった道筋を、その先にいるはずだった女に引きずられて歩く。年明けからなんとも妙なことだ、レノはそう思わずにいられない。女はいつも教会にいて、最初はレノを知らんぷりして、それから思い出したみたいににんまりと笑って仕事を手伝わせるのだ。それが当たり前なのだ。なのに今日は違う。

「お姉ちゃん、ほんとにどういう風の吹き回しだ、と」

 女の歩調に合わせて、くりくりとねじって垂らされたしっぽを観察しながら、ゆっくり歩いた。もともと歩幅が違うのだ、急に引っ張られでもしない限り、つまずいたりつんのめったりすることもない。
 レノの問いに、女はくるりと振り向いた。器用にそのままで歩くから、人間誰しも特技のひとつやふたつはあるもんだ、と思う。同時に、いつか絶対ひっくり返る、と思いもする。

「1年の始まりだから、いい1年になるよう、神様にお願いしに行くの」

 女はにこりと笑う(いつもと違う普通の女の子の顔だから驚いた)。その顔で、誘ってあげるんだから光栄に思いなさい、なんて偉そうに言った。
 レノはあー、なるほどねー、そういうことですかー、と適当に相槌を打った。信心なんてものは生まれる前からどっかに落っことしてきたから、神頼みなんてガラじゃない、くらいのことしか頭の中に浮かばない。口に出せば、かわいそうなやつ!くらいのことを言われたに違いないけれど、口に出さなかったのでレノの中だけで完結した。

「これでわかった? 赤毛のターきゃ!」

 おかしな言葉尻と一緒に、ぼすんと音がした。同時に女の背が一気に縮んだ、いや。

「あーあ、やっぱりコケたなお姉ちゃん、と」
「うぅーっ」

 段差に後ろ向きのまま躓いて尻餅をついた女が、うなる。それからいたい、と涙目で言った。そりゃあ痛いだろうな、とレノが言ったら、痛くないらしい足で蹴っ飛ばそうとしやがったので、後ろへ下がって避けておく。
 女はそんなことをするけれども、レノは寛大にも仕方ねえなァとため息をついて、女のオフホワイトのミトンでもこもこした手を引っ張ってやった。きちんと立たせて、歩けるかい、と聞く。むすっとした女がうなずく。

「でも1年の最初からケチ、ついちゃった」
「そりゃあ、後ろ向きで歩いてたおねえちゃんが悪いぞ、と」
「あなたが歩きながら質問するから、ですー。男なら黙ってついてこぉい!」

 びしっとまたマンボウを突きつけられたので、レノはあーと頭をかいた。ぼりぼり。ていうか、そのセリフはどうよ。

「……あれだ。今コケたのはとにかく、今から後がいい年になるように祈ればいいんじゃねえか、と」
「……そうする」

 今度はきちんと前を向いて歩き出した女の後ろを、レノはちゃんとくっついていく(言われたとおりに黙っておいた)。どちらもしゃべらずにいたら、さっきよりも少し空気が冷えた気がした。不思議なものだ。何も変わっちゃいないはずなのに。
 七番街を出て六番街も通り抜けて、伍番街まできたら、女がしばらくぶりに口を開いた。

「わたし、なんてお願いするか決めた」
「そりゃあ奇遇。俺も今決めたとこだぞ、と」

 ちらりとこちらを見た女とレノの視線がぶつかって、ばちりと火花を散らす。それから同時に、

「どっかの会社の人たちがさっさとわたしのこと諦めてくれていい1年が過ごせますように」
「どっかのお姉ちゃんがばっちり協力してくれていい1年が過ごせますように」

 二人の視線がもう一度ぶつかって、さっきよりも大きく火花を散らした。ばちばちばち、音までさせて。それから、二人はにんまり笑った。

「やっぱり仲良くなれない、ね」
「そもそも無理だな、と」
「負けないわよ!」
「こちらこそ」

 そんなやりとりは、崩れかけ教会のたてつけ悪い扉をくぐりながら行われている。

FF7本編前のレノとエアリス
なんだかんだで気があってて仲のいいふたり
[2007.1.4/2009.9.7 修正]

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